7月初旬、日本に上陸した長編SF小説『三体』(早川書房)。刊行から1ヵ月で販売部数10万部を達成したが、もう読んだだろうか? 中国人作家、劉慈欣氏によるこのハードSF(科学的知識に基づくSF)は、米国ではオバマ前大統領やフェイスブックのザッカーバーグCEOなどが激賞し、SF界の最高権威であるヒューゴー賞を獲得。世界に「チャイナSFの時代」を高らかに宣言した話題作だ。現実世界の政治・経済に圧倒的な影響力をもたらす巨人となった中国。この国からSFの大家が生まれたことは、現実世界の変化と無縁ではない。記者は話題の作家が住む中国山西省の小さな街を訪ねた。(聞き手/ダイヤモンド編集部副編集長 杉本りうこ)
中国のハードSF小説に
米国のエリートが熱狂
――ここは劉さんのご自宅なんですよね。
もともとは母の家だったんですが、今は私が住んでいます。
――何というか、実に普通の住宅ですね。世界のSF界の寵児がこんなに質素に暮らしているなんて、失礼ながら意外です。
いえいえ、私が注目を集めるようになったのはごく最近のことで、もともとは山あいの発電所で働く何てことのないエンジニアでしたから。発電所のエンジニアって、守りの仕事なんです。何かトラブルがあれば何ヵ月も眠れませんが、普段は持ち場にいればいい。結構時間があって、小説を書くにはぴったりでした。暇さえあればひたすら小説を書いていましたね。
――発電所の同僚は劉さんが作家だと知っていましたか。
知りません。打ち明けていませんでしたし、言ったところで誰も関心を持たなかったと思いますよ。だって中国人にとってSF小説って、子供だましの文学でしたから。実は『三体』が国内で得た一番大きな賞って、児童文学の賞なんです。中国作家協会の児童文学賞です。
――あんな難しい小説が、児童文学として流通しているんですか。
そうではなく、国が児童文学と見なしたのです。実際の読者は大学生などの若い世代が中心です。今の若者世代って私たちとは違い、文化大革命についてほとんど知らないし関心を持たないんですよね。