何かについて知りたいときには、先達に教えを請うのが一番だ。SFもしかり。やみくもに書店のSFコーナーに立っても戸惑うばかりだ。ビジネスのためのSFを伝える連載最終回は、テクノロジーに精通したビジネスパーソン4人が薦める「この一作」。最後には意外過ぎる一冊が待っている。(ダイヤモンド編集部副編集長 杉本りうこ)
サイバーパンクの名著
今も色あせない妄想力
「次はインターネットに溶かしたい」――。これは元ソニー副社長の久夛良木健氏が2000年、プレイステーション2発表の際に語った次世代機の構想だ。当時の日本のネット接続環境はブロードバンド普及前。この言葉が指す世界を想像できた人はほとんどいなかった。だが現在、ネットの常時接続は当たり前になり、日々のコミュニケーションや記録はスマートフォンのような端末を介して「情報の海」に溶け込んでいる。
この状況を久夛良木氏が20年近くも前に予見できたのは、一つにはエンジニアとしての見識を積み上げフォーキャストできたから。それと同時に、起こり得る未来を起点に今やるべきことを見いだすバックキャストにも長けていた。この卓越したバックキャスト力を支えたのは、良質なSFだろう。
久夛良木氏が挙げたお薦めのSFは、サイバーパンクSFの金字塔である『ニューロマンサー』。舞台は近未来の日本・千葉(チバ・シティ)。電脳空間にジャックイン、すなわち意識ごと没入する行為は、続く数々のSF作品で繰り返し描かれているもののオリジンだ。
「今でいうファイアウオールを予言したアイス(リアル世界と電脳空間との界面に立ちはだかる強固な壁)に突入する視覚的な描写は、まるで現在のサイバー攻撃を見てきたかのよう。AI (人工知能)へと進化するためのもう一つの自分=ニューロマンサーとの接触、そして最後の対決。これが35年前のSF小説の妄想力かと思うとワクワクしますね」(久夛良木氏)。コンピューターを巡る妄想を誘発し続ける一冊だ。
意識とは? 記憶とは?
人の人たるゆえんを問う
ゲームはあまりやらないが、ポケモンGOならスマートフォンに入っている、というビジネスパーソンもいるだろう。ポケモンGOは、実用的な使い方が圧倒的だった地図技術をゲームに導入し、架空のキャラクターをリアル世界で探し歩いて冒険するというファンタジックな体験をもたらした。発表から丸3年たった今も、路上でこのゲームを楽しむ人の姿を日常的に見掛ける。野村達雄氏は米グーグルからスピンアウトしたナイアンティックで、ポケモンGOの開発にゲームディレクターとして関わったキーマンだ。
その野村氏は、テレビドラマシリーズ「ウエストワールド」や映画「ダークシティ」、アニメ「攻殻機動隊」など、複数のSFをお薦め作品に挙げた。このうち「ウエストワールド」は、テーマパークで暮らすアンドロイドが自我を発見する過程と、生身の人が持つ功罪相半ばする人間性が、豊富なトリックとともに描かれている。
野村氏が好むSFの共通点は、人間の意識や記憶だという。「僕は人の意識であったり、記憶であったり、人を人たらしめるものが何かについて考えさせるような作品が好きです。10年前の自分と今の自分は同じ人だといえるのか? 機械のパーツを一つずつ取り換えて、やがてパーツが全部変わったときに、それは前の機械と同じといえるのか? どう思いますか」(野村氏)。優れたSFは単に科学や技術を描くのではなく、それに対峙する人間の人間たるゆえんを常に問い掛けるものなのだ。