ハイテクガリバーはこうしてSFから着想している

SFの一つに、サイバーパンクと呼ばれる分野がある。極度にコンピューター化が進んだ未来社会を描くもので、小説『ニューロマンサー』(1984年)や漫画『攻殻機動隊』(89~2008年)、映画「マトリックス」(99年)が有名なところだ。このサイバーパンクさながらのビジネスに、ど本気で取り組む男がいる。米国の連続起業家、イーロン・マスク氏だ。(ダイヤモンド編集部副編集長 杉本りうこ)

新ビジネスは「脳拡張」
イーロン・マスクのSF愛

 イーロン・マスク氏は7月、2年前に自身が設立して以来、謎に包まれていた企業、ニューラリンクの活動状況を初めて明らかにした。人間の脳とコンピューター端末をつなぐシステムの臨床試験について、米当局に実施許可を申請したというのだ。このシステムでは、頭蓋骨に小さな穴を開けて大脳新皮質に電極を埋め込み、頭の中で念じるだけでコンピューターを操作することを目指す。「ブレーン・マシン・インターフェース(BMI)」と呼ばれる技術の一つだ。システムはすでにサルを使った実験が進められており、実際にコンピューターを動かすことができたという。

マスク氏と脳のイメージ傑作SF『ニューロマンサー』さながらの脳ビジネスをぶち上げたマスク氏 Photo:Bloomberg/gettyimages

 ニューラリンクは当座は重度の障害がある人の支援を目標とする。だがマスク氏の最終的な目標は、人間の知能の限界突破だ。マスク氏は世界で研究開発が活発化している人工知能(AI)について「絶対に逃れることのできない不死身の独裁者が現れるようなもの」などと危険性を主張してきた。このAI批判の裏側には、「脳機能を電子的に増強すれば、人間はまだまだ賢くなることが可能だ」という信念があったのだ。

 環境に優しく持続可能な移動手段を目指す電気自動車メーカー、テスラ。都市空間に3次元の道路網を実現する地下トンネル掘削・運営企業、ボーリング・カンパニー。火星の植民地化を目指すロケット企業、スペースX――。マスク氏はSF映画さながらのビジネスを次々と立ち上げてきた。実のところ、マスク氏の思考回路は「SFそのもの」なのだ。

 少年時代のマスク氏はSF小説によって感性を育まれたし、現在もその影響を隠さない。1971年生まれのマスク氏は、SFやファンタジーといった架空の物語に耽溺して育った。特に愛したのは、78年の英国のラジオ劇脚本を小説化した『銀河ヒッチハイク・ガイド』や、ロバート・A・ハインラインの代表作『月は無慈悲な夜の女王』、ロシア生まれで米国SFの大家であるアイザック・アシモフの一連の作品など。今でもツイッターで「アシモフのファウンデーション・シリーズ(銀河帝国の崩壊と再生を描いた連作)を再読した。最高だ」とつぶやくなど、傾倒ぶりを隠さない。