遺族へのアプローチは細心の注意を払う。呼び鈴を鳴らしたりはせず、メモ帳をちぎって「亡くなられた方の生きた証として、世に伝えたいことがあればご連絡ください」などと記し、名刺を挟んでポストに入れるなど、それぞれ遺族の心情に配慮した工夫をしている。

 そして、意外かもしれないが「話を聞いてほしい」と望む遺族は割といるのだ。

ネットでの情報提供呼び掛け

 ある数十年前の災害で犠牲となられた方の遺族から、1年近くたとうとしているタイミングで会社に電話があった。携帯電話が普及する前の出来事だ。名刺をポストに入れていたが、筆者はそれすら忘れていた。

「あの時は『取材なんてまっぴらごめん』と思ったけど、1年近くたって話題にも上らなくなり、災害そのものが忘れ去られた感じがする。このまま何事もなかったかのように、誰にも思い出してもらえないなんて、あまりに不憫(ふびん)で寂しすぎる」

 その女性は今まで連絡しなかったことをわび、亡くなった方を記事にしてほしいと依頼してきた。災害の取材チームは解体し、筆者も全く違う分野の担当だったが「あの災害から1年」のタイミングで記事にさせていただいた。こういうケースは少なくない。

 共同通信大阪社会部は2日、ツイッターで「京都アニメーションの事件でお亡くなりになった方のご家族や親友の皆様へ」と情報提供を呼び掛けた。

 ツイッターには関係者ではなく、無関係者による「ハイエナ」「人間の屑(くず)」など罵詈雑言(ばりぞうごん)が殺到しているが、ポケベルと公衆電話用の10円玉が必須アイテムだった筆者は「現代はこんな取材が可能なのだな」と感心した。

「無理のない範囲で」「今でなくてもいつでも構いません」…。

 遺族や友人がある程度落ち着き、悲しみをほかの方々と共有したい、犠牲者の生きた証しを残したい、犠牲者のことを知ってほしいと思ったとき、このツイッターの呼び掛けはその方々のよすがになるに違いない。