定期購読だけで31万部の雑誌が、シニア読者のハートを掴んで離さない理由

昨今、オンラインサロンがもてはやされ、大手メディアもサブスクリプションの採用を始めるなど、メディアの世界に変化の波が押し寄せています。ですが、新しいビジネスモデルがもてはやされる一方で、読者をつなぎとめておくための日々の運用に疲弊しているメディアも多いのではないでしょうか。一方通行の情報発信メディアから、読者コミュニティとともに成長する双方向型のメディアのあり方を「コミュニティメディア」と名付け、取材していく本連載。『ローカルメディアのつくりかた』などの著書もある影山裕樹さんがレポートします。第1回となる今回取り上げるのは、書店流通のない雑誌ながら、月間31万部(2019年9月末時点)を発行し、各メディアからも注目を集める『ハルメク』。自社のさまざまな部署でコンテンツを生み出し、読者とつながる同社から、学ぶべきところとは。

発行31万部。シニア女性誌ナンバー1の定期購読雑誌

 書店に並んでいる雑誌が、雑誌のすべてではない。しかも、書店流通していない雑誌だからといって、すべてニッチな業界誌というわけでもない。50代からの女性誌として業界トップを(*)独走している『ハルメク』がまさにそうだ。

定期購読だけで31万部の雑誌が、シニア読者のハートを掴んで離さない理由

 自宅直送型の定期購読誌のため、書店やコンビニで目にすることはない。にもかかわらず、最新号は31万部と圧倒的な実売部数を誇る。定期購読のみでこれほどの部数を誇る理由は、なんといっても読者のニーズにしっかり応える編集方針にある。たとえば、人気があり繰り返し特集されるものに「スマホの使い方」がある。人気の理由は、50代以降の読者が「本当に知りたい」使い方が掲載されていることにある。編集長の山岡朝子さんはこう語る。

「一般的なスマホの使い方のガイドブックはたくさん出ていますが、実は難しすぎる。シニア世代の読者は、たとえば『アプリ』がよくわからない。『ダウンロード』が怖くてできない。そこからがスタートなんです。細かいところでは、見ているうちに画面が暗くなるとか、スマホを動かすと画面が回転して見づらいとか、そういうところで困っています。だから、操作法の説明も『タップ』ではなく『トンと叩く』にしたり、アイコンではなく『マーク』と書いたり、細部までシニア世代の実態に合わせて特集を作ったら、大きな反響をいただきました」(山岡さん)

定期購読だけで31万部の雑誌が、シニア読者のハートを掴んで離さない理由スマホ特集の誌面。読者に寄り添った言葉遣いで構成されている(写真提供:ハルメク。拡大した画像はこちら

 ロック中の画面に突如現れるプッシュ通知は「謎のお知らせ」。確かに、デジタルネイティブではない世代に受ける理由もよくわかる。

「編集者の提案に読者がついていくファッション誌とは違いますね。作っている私たちがまだ誰もシニアになったことがないので、何が着たいかとか、どういうことを言われたら嬉しいかとか、そういうことを真摯に伺いながら一緒に作っていくというスタンス。それ以外やっていないというくらい真剣にやっています」(山岡さん)

 編集部が読者の声を聞いて、それを誌面に反映することはよくある。ラジオならパーソナリティがお便りを読んで曲を流す。読者とのレスポンスはメディア運営に欠かせない手法の1つではある。しかし、ハルメクの場合はより徹底して読者コミュニティとともに雑誌を作るというスタイルを取っている

*日本ABC協会発行社レポート 21.5万部(2018年7月~12月)

「特集」すら読者と一緒に決める、超ボトムアップな編集方針

 実はこうした読者のニーズにしっかりと寄り添った編集が可能になるのは、1つの特集を作るのに実に半年をかけるという助走期間の長さ、そして雑誌を一緒に作り上げる読者組織、さらに雑誌とは別部署にあたるシンクタンク的機能を持った「生きかた上手研究所」の存在が大きい。

定期購読だけで31万部の雑誌が、シニア読者のハートを掴んで離さない理由山岡朝子編集長

「最初の3か月はリサーチに費やします。私たちの雑誌には『ハルトモ』というモニター会員が2000人以上いて、定期的に編集部に来ていただき、座談会に参加していただくんですね。そこで得た生の声、つまり定性的なデータに加えて、『生きかた上手研究所』による定量的なアンケート結果を詳細に分析したりしながら、時間をかけて「その特集をやるべきか、やるならどの切り口にすべきか」を検討します。その後の3か月でやっと通常の編集部と同じように取材を始め、記事を作っていく感じですね」(山岡さん)

 そもそも、31万部も発行されている雑誌だから、そこにとじ込まれている読者ハガキの戻りがすごい。月に2000通のハガキが送られてくるという。それを編集部内で分担して1枚残らず読み込むという徹底ぶり。昔のバラエティ番組のように、ハガキの山の中から1枚選んでプレゼント、なんて手の抜き方はしない。加えて、生きかた上手研究所が編集部の考察や意思決定をサポートする。

「私を含め、編集者としての経験がどんなに豊富でも、座談会とかヒアリングとか調査を精緻に運用するスキルはない。生きかた上手研究所は独立したシンクタンクで調査のプロなんですね。質問の順番も細かく設計されていて、フラットなご意見が聞けるように座談会を進行してくれるので、バイアスがかからない。これは他の雑誌ではできないやり方だと思います」(山岡さん)

 ハガキ、読者座談会、そして研究所のリサーチデータを突き合わせて「本当に必要なネタ」を掘り当てていく。まさに、ボトムアップな編集スタイル。コミュニティに根ざしたメディア運営においてもっとも重要なポイントだろう。その成果の1つが、先述のスマホ特集にも現れている。

「まず何の特集をするか考えている時に集まっていただく。もちろんなんとなく3本くらい候補はあるんですが、どれをやるかを一緒に話し合う。今月(注:2019年9月号)だと終活特集なんですけれど、終活にもいろいろありますよね。そもそも終活に興味があるのか、終活の中でも片付けがよいのかお墓がよいのか。自分がやるのか親世代にやってもらうのか。いろいろな切り口があるので、ベースとなる部分からハルトモや生きかた上手研究所に入ってもらいます」(山岡さん)