いま人材育成の現場で最もよく使われているキーワードが「経験学習」だ。なぜ、マネジャーは部下の「経験から学ぶ力」を高めることが必要なのか。どうすれば部下の成長を効果的に支援できるのか。日本における経験学習研究の第一人者・松尾睦氏の最新刊『部下の強みを引き出す 経験学習リーダーシップ』より、内容の一部を公開する。

育て上手のマネジャーは部下をどのように指導しているのかPhoto: Adobe Stock

育て上手は「経験から学ぶ力」を伸ばす

 人の成長の7割は経験によって決まるといわれています。さまざまな業務、役割、顧客、プロジェクトに関わり、そこで得たスキル、知識、考え方が血肉となり、その人の能力を形成するのです。

 しかし、同じ経験をしても大きく成長する人もいれば、成長しない人もいます。なぜそのような違いが生じるのでしょうか?

 それは「経験から学ぶ力」、つまり「経験から吸収する力」の違いです。

 私は2011年に『職場が生きる 人が育つ「経験学習」入門』(ダイヤモンド社)という本を上梓しましたが、この本の中で「経験から学ぶ力」を次のように説明しています。

 適切な「思い」と「つながり」を大切にし、「挑戦し、振り返り、楽しみながら」仕事をするとき、経験から多くのことを学ぶことができる

 つまり、仕事に対する「ビジョン・目標・信念」を持ち(思い)、職場内外の他者と「良き関係」を築き(つながり)、それを土台にして、挑戦的な仕事に取り組み(ストレッチ)、自分の仕事のあり方を振り返りながら(リフレクション)、仕事の中にやりがいや意義を見つけるとき(エンジョイメント)、人は経験から多くのことを学ぶことができます。

 しかし、私たちは自分の力だけで成長することはできません。

 上のモデルにあるように、上司、先輩、同僚との「つながり」の中で組織人は成長していきます。自分自身が主体的に「経験から学びとる」ことが基本ですが、上司や先輩によって「導かれる」ことも事実です。

『「経験学習」入門』でも触れていますが、「育て上手」といわれる人たちは、部下や後輩の「経験から学ぶ力」を高めながら指導していました。

 つまり、人材育成とは、部下や後輩が「自らの経験から学べるように支援する」ことなのです。

 このテーマをさらに深掘りし、育て上手のマネジャーが部下をどのように指導しているかを解き明かすことが拙著『部下の強みを引き出す 経験学習リーダーシップ』(ダイヤモンド社)の目的です。

 本書のタイトル『経験学習リーダーシップ』は、次のような意味で使用しています。

 経験学習リーダーシップ
 =職場メンバーの経験学習をうながす指導

「OJT」や「コーチング」ではなく「リーダーシップ」という言葉を使ったのは、育て上手のマネジャーが、1対1の指導だけでなく、部下に任せる仕事を創り上げたり、職場全体の運営も工夫しているからです。

 さまざまな調査の結果、育て上手のマネジャーがどのような指導をしているかが明らかになりました。同時に、普通のマネジャーが陥りやすい「落とし穴」も見えてきました。ここでは、3つの落とし穴と対比する形で、育て上手の特徴を説明しましょう。