なお、カミングアウトに話が及ぶと、よく「職場は仕事をする場であり、プライベートは関係ない。したがってカミングアウトをする必要はない」と言う人がいますが、私はこの意見にも賛同できません。多くの職場では、日常的に「恋人はいるの?」「結婚しないの?」といった会話が交わされており、「職場は仕事をする場であり、プライベートは関係ない」という前提自体が成立していないからです。

セクシュアリティの問題は、
単に「性」だけに関わるものではない

 恋愛や結婚の話をふられるたびに嘘をついたりごまかしたりするのは、当事者にとってはストレスであり、他人との間に壁を作る原因になります。慣れてくれば感覚が麻痺し、平気で嘘をつけるようになるかもしれませんが、それは果たして、健やかな状態であるといえるでしょうか。私自身、友だちへのカミングアウトを始めた頃に言われたのが「今までは、見えない壁を感じていたけど、やっと腑に落ちた」という言葉であり、カミングアウトしてからの方が、より親密な関係を築くことができました。ストレスを軽減し、他人とできるだけ壁のない関係を築きたいと思うなら、職場でのカミングアウトも、時には必要だと思います。

 ちなみに、私は「職場では、プライベートの話をいっさいするべきではない」とは思いません。そうした会話は人と人の距離を縮め、仕事を円滑に進める役割を果たすからです。ただ、プライベートについて相手に尋ねる際は、相手が何らかの事情を抱えている可能性があることを常に頭に入れ、かつ相手からどのような答えが返ってきても否定せずに受け入れる覚悟を持つべきであるとは思います。

 セクシュアリティの問題は、単に「性」だけに関わるものではありません。人とのコミュニケーションのあり方や「生」にも大きく関わりますし、そこを自分自身できちんと肯定できない(「後ろめたさ」を抱えている)限り、そのうえにどのような「生」を構築しても、どこか頼りなく、壊れやすいものになってしまうのではないかという気がします。

 誰かを好きだという思い、何かを好きだという自分の気持ちに、必要以上に蓋をしなくてもいい社会。それが実現したとき、私たち一人ひとりの、そして社会全体の幸福度は、もっと高まるのではないでしょうか。

※本稿は、インクルージョン&ダイバーシティマガジン「オリイジン2020」の掲載記事を転載(一部加筆修正)したものです。