本当に必要なことは何か
デジタル化で仕事の本質があぶり出される

 実装するかどうかは別として、技術を発展させれば、そのうち五感を備えた状態で遠隔ミーティングができるようになるかもしれません。しかし「技術の粋を尽くして、わざわざ補おうとしているその五感の情報は、本当に必要なものなのか」と疑う観点も大切です。

 たとえば、ビデオ会議で欠落する視覚・聴覚以外の情報について「仕事上、絶対になくてはならない情報なのか。なくても問題ない情報なのではないか」と考えてみてください。会議をデジタル化すれば、録画ができて議事録の作成も容易になり、ツールによっては字幕を入れることも可能で、むしろ便利になる部分もたくさんあります。デジタル技術を介在させることで、何かが欠落するかもしれませんが、付加される部分もあります。より便利になった部分を意識的に活用することは、仕事やデジタルトランスフォーメーションの本質を考える、よいきっかけになります。

 以前「日本企業のアプリには『おもてなし』の心が足りない」という記事でも触れましたが、日本では、おもてなし文化をアナログなもの、人と人が介在することで体験をつくろうとするものと捉える傾向が強くあります。しかし一方で、アプリケーションのユーザー体験も、実のところ「おもてなし」そのものなのです。日本ではデジタルでの「おもてなし」づくりは、あまり実現できていないと、その記事でも指摘しました。

 今回、我々は嫌でもアナログからデジタルの世界へ、一時的ではあるかもしれませんが移行させる必要が出てきています。その中で、アナログで実施していたおもてなしのうち、「実は必要なかった」こと、「相手には全く価値がなかった」ことが何か、気付いて見直すことになるでしょう。「本当のおもてなしとは何か、その本質はどこにあるのか」を考え、それが分かれば、デジタルでも十分に「おもてなし」を表現できるようになるかもしれません。

 また「スマホ、AIスピーカー…機械に合わせられない人間はもう生き残れない」という記事の中では、「AIに意図を伝えられない日本人は、本当にハイコンテクストなのか」といった指摘をしましたが、「オンラインでは話の真意が伝わらない」とするのは、相手にハイコンテクストを強要していることに他ならない行為です。

 視覚・聴覚は、デジタル化した会議でも必要十分に伝達できます。つまり「真意」ではなく、「言葉があるのだから、きちんと言葉で伝えればよい」という話なのです。これを契機に、必要なことは言葉できちんと伝えるという習慣が広がれば、誤解が生じなくなり、これまで言外の配慮や忖度により、誤って実行されていたようなこともなくなるかもしれません。

(クライスアンドカンパニー顧問/Tably代表 及川卓也、構成/ムコハタワカコ)