韓国人著者のエッセイ『あやうく一生懸命生きるところだった』が今、売れに売れている。40歳を目前に会社を辞め、一生懸命生きることをやめた著者のエッセイで、韓国では25万部のベストセラー、日本でもすでに10万部突破と絶好調だ。日本でも「心が軽くなった」「共感だらけの内容」と共感・絶賛の声が相次いでいる。
「一生懸命生きる」ことが当たり前だと感じてきた私たちに、本当にそれでいいの? 何のためにがんばるの? と問いを投げかけてくれる本書。実はこの本をはじめとした「本」の影響で韓国社会の風潮そのものも少しずつ変わりつつあるという。必死で生きることに疲れてしまった人が居場所を見つけられるような、優しさに溢れた本。人々の悩みに深く切り込んでいく魅力の本質とは? 今回は、本書の日本語訳を手掛け、韓国在住歴も長い岡崎暢子さんに取材した。(取材・構成/川代紗生、撮影/疋田千里)

韓国はステータス至上主義?

――韓国では最近まで、「ステータス至上主義」だったと伺いました。岡崎さんは実際に韓国に住んでいたとき、その風潮を感じたことはありましたか?

岡崎:はい、ありましたよ。学歴や家柄が、日本より重視されることもあり、劣等感を抱えている人が多いように感じました。たぶん今も「ステータス至上主義」には変わりないと思います。昔から、日本人と比較して「韓国人は負けず嫌いだ」とか「負けん気が強い」とよく言われていたけれど、結局それって裏を返せば、劣等感があったからだったのかもしれません。

──日本との違いを肌で感じたこともありましたか?

岡崎:とにかくがんばっているな!という印象はありましたね。2001年に私が韓国へ行ったときに驚いたのは、24時間、大学の図書館が開いていたこと。みんな、そこで住むように勉強しているんです。今は日本でもそういう大学があるようですが、当時の私にはカルチャーショックでした。韓国の一流大学は入るのも大変だけど、卒業するのも大変そうでしたね。

 あと、学生だけじゃなく、会社員たちもすごくて。会社に行く前に英語や中国語を勉強して、スポーツクラブにも行って、夜は夜で飲み会が二次会・三次会まであって……みたいな。「いつ寝てるの!?」と言いたくなるような生活を、みんな送っていましたね。ずっと自分を高め続けなければいけない環境にいるなんて、大変だなと思って見ていました。

岡崎暢子(おかざき・のぶこ)
韓日翻訳家・編集者
1973年生まれ。女子美術大学芸術学部デザイン科卒業。在学中より韓国語に興味を持ち、高麗大学などで学ぶ。帰国後、韓国人留学生向けフリーペーパーや韓国語学習誌、韓流ムック、翻訳書籍などの編集を手掛けながら翻訳に携わる。訳書に『あやうく一生懸命生きるところだった』(ダイヤモンド社)、『クソ女の美学』(ワニブックス)、『Paint it Rock マンガで読むロックの歴史』、翻訳協力に『大韓ロック探訪記(海を渡って、ギターを仕事にした男)』(ともにDU BOOKS)など。

「負けん気根性」が生む韓国アイドルのプロ意識

――これは私が勝手に抱いているイメージなのですが、韓国のアイドルやアーティストも、完璧さを求める風潮にありませんか?

岡崎:ああ、そうかもしれませんね。その風潮って実は、韓国の街にも表れていて……韓国にはよく、トッポッキのお店ばかりが並んでいる「トッポッキ通り」とか、チキン屋さんばかりが並んでいる「チキン屋通り」とか、いろいろな通りがあるんですが、昔から、私、それが不思議で。「一つの道にどうして同じ店ばかり並べるの?」と韓国の知人に聞いたんですけど、「あいつよりも俺のほうが絶対うまいものがつくれるから、隣に店を出すのは当然だ!」というマインドだと教えてくれました。

──ええ! それは日本人にない価値観ですね。

岡崎:だから、その場所にチキンを食べたいお客さんが来ているのなら、もっとうまいチキン屋さんを隣に建てて呼べばいい、みたいな考え方らしいです(笑)。それで、最初においしい店ができると、近くに似たような飲食店がどんどんできていって、ストリートになるらしいですよ。

 まあ、結構前に聞いた話で、本当か嘘かわからないんですけど(笑)、そういう「自分たちのほうがうまいから、それをやれば儲かる」みたいな負けん気根性は、韓国のアイドル文化にも通じるところはあると思います。

 たぶん、「あの程度で売れているんだから、うちもできる。じゃあ、うちがプロデュースするアイドルを売るために、このへんを良くしてみようか」とみんながんばっているうちに、どんどん、業界全体のクオリティが上がっていったんでしょうね。既存のアイドルよりも歌がうまい、踊りがうまい、顔がいい、手足が長い……。そんなふうにどんどん進化していって、今に至るんじゃないかな。まあ、あくまで推測ですが(笑)

――なるほど。じゃあ、日本のアイドルのように、「未完成さを売りにする」といった考え方はないんですね。

岡崎:未完成さは見せませんよ、もちろん。だから、韓国のアイドルには「練習生制度」があるんです。練習生のあいだに踊りや歌、ルックス、外国語までを完璧なものに仕上げてからどーんと売り出すんです。最近はオーディション番組も流行しているので、若干トレンドは変わってきましたが、基本的には練習生の段階では、世には出さないやり方ですね。

 しばらく練習させて、そこから事務所の戦略に合った子たちを選び出してデビューさせるんです。弱いところを見せないんですよね。「プロフェッショナル」としての意識はそういう図式で作られているんだと思います。