本が変えつつある韓国社会
――韓国の価値観についてもお聞きしたいのですが、韓国の人たちが抱く男女観に変化はありましたか?
岡崎:それは徐々に変わりつつあるみたいです。今、韓国はフェミニズムの動きが活発ですよね。日本もですが、もともと韓国は儒教の影響が特に根強くて、家父長制からの女性支配など「男尊女卑」な風潮が根強く残っています。
日本もあるんですが、韓国のほうがあからさまなんですよ。女の人がやらなきゃいけない役割が、あまりに多すぎるんです。結婚して、子どもを産んで、それも子どもは男子じゃなきゃダメとか。さらに最近は共働きもマスト。でも、家事はやらなきゃいけないし、旦那より早く帰ってご飯をつくらなきゃいけないし、「然るべき」とされているいろんな決まりがあって大変そうですね。
──なるほど、それはハードすぎますね……。
岡崎:うん、だけど、「#MeToo」運動をきっかけにして、みんなが、「これはおかしい」と思っていたことを声を大にして届けていって、社会を変えようとし始めています。それほど簡単に社会は変わらないでしょうが、声を上げる人が増え、耳を傾ける人も増えてくれば、徐々に変わっていくんじゃないかと予感はしています。実際にそうやって民主化や大統領弾劾訴追をやってきた人たちなので。
――社会の流れが変化し始めたきっかけとして、書籍の大ヒットも大きかったという話を伺ったのですが。
岡崎:そうですね、『82年生まれ、キム・ジヨン』が130万部売れたのは大きかったと思います。
──130万部はすごい!
岡崎:82年生まれの韓国の友人によると、女性たちが心の中で無意識に思っていたことを言語化してくれたそうなんですよ。あの本に登場するエピソードは、本当に韓国でよくあることばかりなのに、受け止め方が男女ではまるで違っていて、そういう議論がまた社会現象を巻き起こし、多くの人がフェミニズムを考え、行動するきっかけになったと思います。
そのほか、日本でも売れているキム・スヒョンの『私は私のままで生きることにした』もベストセラーになったりして、徐々に「必要以上に無理をしない」「ありのままの自分を大事にしよう」といった趣旨のコンテンツがブームになっていったんです。
『あやうく一生懸命生きるところだった』が韓国で25万部も売れている背景にも、こうした人々の意識の変化があったからだと思います。韓国では特にミレニアル世代(80年代~2000年代初頭に生まれた世代)にヒットしたそうです。「自分の人生を大切にしよう」「複雑な世の中をリラックスして生きよう」という彼らのマインドにぴったりハマったのでしょう。
――本がヒットすることによって、結果的に社会が変わるということもありますよね。
岡崎:それは本当にそうですよね。本を読んで人が立ち上がっていくこともありますし、そう考えると、やっぱり本の力はすごいですよね。だから日本でも、この本がたくさんの人の間で広まって読まれた結果、もっと生きやすい社会になったらいいなと思います。
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岡崎さんが翻訳された『あやうく一生懸命生きるところだった』も、一つ一つの言葉に、寄り添うような優しさが宿っているからこそ、多くの人たちの心を動かしているのかもしれない。
韓国から広がり、そして、日本へ。岡崎さんが翻訳した言葉が、生きづらさを感じている多くの人たちの心に光を灯すのは、まだまだこれからだ──。
【大好評連載】
第1回 モヤモヤ働く私の霧を晴らしてくれた一冊の韓国エッセイ
第2回 なぜこの本は、劣等感にさいなまれる韓国人の心を救えたのか?
第3回 意識低い系エッセイが教えてくれた「自分らしい働き方」
第4回 なぜ、韓国人は同じ店を隣に出すのか?