なぜこの本は、劣等感にさいなまれる韓国人の心を救えたのか?

 40歳を目前に会社を辞め、一生懸命生きることをやめた韓国人著者のエッセイ『あやうく一生懸命生きるところだった』が今、売れに売れている。韓国では25万部のベストセラー、日本でもすでに10万部突破と絶好調だ。「心が軽くなった」「共感だらけの内容」と共感・絶賛の声も相次いでいる。
 最近では、とくに20代~30代の若者世代の間で、「自己肯定感が低くて悩んでいる」という言葉を耳にする。「自己肯定感」とは、自身を尊重し、価値を肯定できる感情のこと。今回は、日本語訳を手掛けた岡崎暢子さんに、本書独自の「自己肯定感」のとらえ方について聞いた(取材・構成/川代紗生、撮影/疋田千里)

SNSによって生まれた「自信を搾取される環境」

──この本を読んで、グッとくるところが本当にたくさんありました。なかでも「ダメな自分を認めたら、自尊感(自己肯定感)が増してきた」という項目が刺さりました。まさに、自分がずっと悩んでいたことについて書かれていて。岡崎さんは、自己肯定感が低いことで悩んだ経験はありますか?

岡崎:年齢を重ねるにつれ、割と楽にはなってきましたが、私もずっと劣等感の固まりでした。いえ、なんなら今もやっぱりそうかも……。「ありままの自分を愛する」って、めちゃくちゃ難しいですよね。たまに自信満々の人を見かけるけど、本当に羨ましくなる(笑)。その自信どこから湧いてくるんだろうって。今はSNSが発達していて他人のライフスタイルが目に入りやすい環境なので、若い世代の方は一層、悩んでしまうのかもしれませんよね。

──やはり、SNSの影響は大きそうですよね。

岡崎:そうですね、「自己肯定感」という言葉をよく耳にするようになったのも「SNS疲れ」が一番の原因じゃないかと思うんですよ。常にキラキラした生活を見せられちゃうわけで、やっぱりそれだと心が疲れてしまいますよね。

なぜこの本は、劣等感にさいなまれる韓国人の心を救えたのか?岡崎暢子(おかざき・のぶこ)
韓日翻訳家・編集者
1973年生まれ。女子美術大学芸術学部デザイン科卒業。在学中より韓国語に興味を持ち、高麗大学などで学ぶ。帰国後、韓国人留学生向けフリーペーパーや韓国語学習誌、韓流ムック、翻訳書籍などの編集を手掛けながら翻訳に携わる。訳書に『あやうく一生懸命生きるところだった』(ダイヤモンド社)、『クソ女の美学』(ワニブックス)、『Paint it Rock マンガで読むロックの歴史』、翻訳協力に『大韓ロック探訪記(海を渡って、ギターを仕事にした男)』(ともにDU BOOKS)など。

──著者のハ・ワンさんがいた韓国でも、同じような状況だったのでしょうか?

岡崎:似たような状況だと思います。『あやうく一生懸命~』にもインスタの話が出てきますし、2000年代の韓国では「サイワールド」という韓国独自のSNSが人気を博したこともありました。

 本書の中でも、そうしたSNSに触れながら、次のような言葉を投げかけています。

「まわりの人からの”いいね!“にすがりつくことなく、自分の世界に集中して高めていけば、いつかは誰かに認められるのではないか。たとえ認められなくても、少なくともやりたいことは思い切りやったんだから、他人に迎合して骨折り損になるよりも爽快だろう」

「無難な人間より個性ある人間になろう。アンチを恐れるな! 僕らが個性を恐れる理由は万人に愛されたいという幼稚な(?)心のせいだということを噛みしめたら、もう迷うことはないはずだ」

なぜこの本は、劣等感にさいなまれる韓国人の心を救えたのか?(C)HAWAN『あやうく一生懸命生きるところだった』より

 万人に受け入れられようと頑張ることへの危うさについて、ハッと気づかせてくれるような言葉ですよね。多くの人がSNSとともに生き、周囲と比べてしまいがちな今だからこそ、本書のこうした言葉が響いているのかもしれません。

──なるほど、韓国でも同じように悩んでいる人が多いのですね。

 そうなんです。もしかしたら韓国のほうが人と比べる空気は強いのかもしれません。日本よりも韓国のほうが人口も少ないし、つねに人からどう思われているか、他人と比べ合う風潮があるので。

 また、韓国では学歴や家柄が尊重されることもあって、劣等感を抱えている人が多いと思います。昔から、日本人と比べると「韓国人は負けず嫌い」とよく言われていましたが、結局それって裏を返せば、劣等感があるのかなという気もします。

 もしかすると、SNSによって自己顕示欲を満たすつもりが、さらに自信を搾取されてしまっているのかもしれません。