その時、経営者の真価が
問われる

 経済産業省は、AIやロボットの技術革新によって最悪の場合735万人の雇用が減少し、賃金も低下するという試算を公表しています。雇用への影響をどう見ていますか。

田中 少なくとも日本に限って言えば、少子高齢化、労働人口の減少という喫緊の社会課題を解決するうえで、AIやロボットの活用は外せません。人の仕事を奪うのではなく、足りないところを補う形です。また、昨今問題となっている長時間労働を改善していくためには生産性の向上が不可欠ですから、定型的な事務処理はロボットに任せて、人は付加価値の高い業務に集中するという役割分担も非常に有効です。定型的な事務処理ばかりをしていた人も、しばらくはAIやロボットにデータを整理して与えたり、仕事のやり方を教えたりする必要があるので共存が可能です。ただし、20年後にもまだその仕事があるかといえば難しいでしょう。

平野 AIやロボットに代替される仕事があるのは確かですが、産業革命がそうであったように、新しい仕事も生まれます。当面、最も必要とされるのは、田中さんが挙げたAIの教育係でしょう。ではその先に何があるかといえば、最終的に人がすべきは、AIやロボットを使いこなして自分の能力を高め、経験を深めて価値を創出することです。ロボットに取って代わられるのではなく、ロボットを活用する側に回る。人馬一体ならぬ「人機一体」となって、互いの強みを最大化するのです。

 チェスの世界では囲碁や将棋のはるか前、1997年にチャンピオンのガルリ・カスパロフがIBM製のディープブルーに敗れていますが、現在の最強プレーヤーは最高のコンピュータでも、もちろん人間でもなく、コンピュータを使った人間のチームです。なかでも、チェスはそこそこでコンピュータサイエンスを理解している人間と、コンピュータの組み合わせが一番強い。同様にビジネスにおいても、これからはビジネスはそこそこで、コンピュータサイエンスを理解している組織や人が優位に立つことが考えられます。レース・ウィズ・ザ・マシーン(Race with the Machine)によって、従来の競争優位が入れ替わる可能性があるのです。

田中 効率化やコスト削減が達成された分、新たにどんな付加価値をつくっていくかが問われることになるでしょう。経済産業省はたしかに技術革新をうまく取り込まなければ700万人以上の雇用が失われると警鐘を鳴らしていますが、同時に変革シナリオを示したうえで、就業者数が増える仕事として、高度なコンサルティングを伴う営業や販売の仕事などを挙げています。

 国も新たなビジネスを促進する制度や、国家プロジェクトとして取り組む技術開発の加速化などの施策を打ち出しています。ただ、経済産業省は、ビジネスの主戦場である企業が変わって、教育を通じてそこで働く人が変わらなければ、世界を席巻する第4次産業革命の波に取り残されてしまうという強い危機感を持っています。産業構造と就業構造の転換を好機とできるかどうかは、結局のところ企業と働く人一人ひとりにかかっています。ですから経営者は、AIやロボットを導入する際は社員に対して、「あなたたちの仕事を奪うのではない。皆さんはより付加価値の高い創造性のある仕事に力を向けてください」というメッセージをしっかり伝えていただきたい。経営者自身にもまた高度な知的情報処理技術との共創が求められていることを、心に留めていただきたいと思います。

 ビッグデータを分析してロボットが意思決定までするようになると、職を追われる可能性が最も高いのは経営者自身かもしれません。経営者は必要なくなるのでしょうか。

田中 足元の業績や行動をウオッチして、必要なアクションを指示するといったことは近い将来できるようになります。ただ、いままで誰も考えつかなかった新しい事業やプロセスを生み出すようになるには、乗り越えなければならないハードルが相当残されています。

平野 実は、コンピュータにできない意思決定はいまでもそれほど多くはありません。できないとすれば、それは明示化やルール化の努力を怠っているだけというのが実際のところではないでしょうか。しかも、目標が明確でルールがはっきりしていれば、コンピュータは人間のように判断を間違えたり、考える労力を惜しんで「えいやっ」で意思決定してしまったりすることはありません。

 ただ、意思決定のオプションが2つ以上あって、あちら立てればこちら立たずというトレードオフの状況だと、結局最後は「えいやっ」と見切る必要があり、これがコンピュータにはできない。そういう一か八かの決定をすることも受け入れることも、コンピュータはしないのです。ですから経営者に将来も変わらず不可欠なのは、見切る力といえるでしょう。言い換えれば、神輿に乗って下からの提案を承認するだけの経営者は、その役割を失うことになります。