グローバル全体で税コストを最適化しただけで、わずか数カ月で50億円のコストカットを実現——これは数年前にKPMG税理士法人が実際に手がけたケースだ。こうしたポテンシャルの存在を裏返すと、そこにはタックスガバナンスの不全がある。グローバルと日本企業のタックスマネジメント格差を知り尽くした2人のエキスパートは、各国による税の取り合いが熾烈化する中、税に無防備な日本企業が格好の標的とされるリスクが高まっていると警鐘を鳴らす。
そのタックスガバナンスで
株主は納得するのか
編集部(以下青文字):グローバル化が進む中、税務への日本企業の取り組みの遅れが懸念されています。現状をどうとらえていますか。
角田 グローバルに事業を展開していくのにコーポレートガバナンスがしっかりしていなければとても戦えないし、そもそも怖くてCEOなど引き受けられないと思う経営者は少なくないでしょう。ところが税については、驚くほど無頓着で意識が低い。海外を含むグループ全体でタックスガバナンスを構築している日本企業は一握りです。その結果、税務にかかるリスクとコストのバランスを欠いたり情報開示が不十分になれば、不要な納税の発生や、追徴税を課されてレピュテーションを毀損するおそれが高まります。
日本では元来、税負担は企業の社会的役割であり、払うべきものは払うという立場を取る企業が多い。それ自体はけっして批判されるべきものではないでしょう。ただ、多国籍企業などの過度な節税に対する世論の批判の高まりや、BEPS(税源浸食と利益移転)対策に乗じて新興国などが課税強化を図る中、いつまでも税にナイーブな姿勢を取り続けることは極めて危険です。
神津 株主に対する経営者の責任という観点からも、タックスガバナンスの立ち遅れは問題視されています。欧米のグローバル企業は「税引後利益」の最大化を目指します。ROE(自己資本利益率)やPER(株価収益率)など企業価値を測る指標は税引後利益をもとに算出されますし、最大のステークホルダーである株主の関心事もそこにあるからです。
翻って日本企業はといえば、「税引前利益」の最大化ほどには熱心ではありません。設備投資やR&D費用と同じく、税金もマネージすべきコストであり、株主も大きな関心を寄せています。自社はどんな税務ポリシーと戦略を有しているのか、税負担が利益にどのように影響しているのか、CEOやCFOがきちんと説明できなければ、株主に対する説明責任を果たしているとはいえません。
ほとんどのCEOは、税務にみずからコミットすべきとは考えていないはずです。
神津 50億円以上のコスト削減が実現できて、それが以降も継続するとしても、同じことが言えるでしょうか。これは我々が実際にサポートした事例ですが、グローバル全体で税の最適化を行うことにより、当初2、3年かかると思われていたコストカット計画の策定がわずか数カ月間で完了しました。もちろん、人員削減も生産拠点の閉鎖もなしに、です。これは、毎年コンスタントに50億円の利益が上積みされるのと同じ効果をもたらします。
日本ではどうしても、税務は一連の商行為の「後処理」ととらえられがちです。そのため経理の中に税務部門が置かれるケースがほとんどですが、欧米では財務からも経理からも独立した組織として置かれることが多く、一種の花形部門にさえなっています。それは先ほどの例のように、タックスマネジメントの適正化で、小さな事業部門の利益を上回る額や、細かなコスト削減の積み重ねでは達成できない価値を生み出しているからです。
日本企業には税務の見直しによって企業価値を最大化する余地がまだまだ残されています。言い換えれば、企業利益に直結するものとして税務に対する認識を改め、少しの努力をするだけで大きな果実が得られるのです。