国内市場の縮小が見込まれる中、成長を求める日本企業による海外M&Aが近年増加傾向にある。半面、買収した海外子会社の減損処理をはじめ、M&Aが当初企図した結果を生んでいない事例も多い。海外M&Aを志向する日本企業にとっては、最大限の事前準備に加え、失敗による損失を一定範囲に抑えつつ、失敗からも学び、経験を積んでいく姿勢こそが肝要となる。海外M&Aを機に、みずからも生まれ変わる覚悟を持って当たらない限り、グローバル市場における成功はおぼつかない。問われるのは、ほかでもない自社のあり方そのものである。

M&Aの失敗は実行前に
運命付けられている

編集部(以下青文字):2017年も、日本企業による海外企業買収が活況でした。市場の変化や今後の課題等について、どう見られますか。

KPMG FAS 代表取締役パートナー
知野雅彦 
MASAHIKO CHINO
早稲田大学商学部卒業。KPMG FASの代表として企業戦略の策定、事業ポートフォリオ最適化のための事業再編やM&A、経営不振事業の再生、企業不祥事対応等に関わるサービスを統括。主な編著書として、『M&Aと組織再編のすべて』(監訳、きんざい、2017年)、『実践 企業・事業再生ハンドブック』(日本経済新聞出版社、2015年)、『M&Aによる成長を実現する戦略的デューデリジェンスの実務』(中央経済社、2006年)、『予算管理の進め方』(日本経済新聞出版社、2007年)、『不正・不祥事のリスクマネジメント』(監訳、日本経済新聞出版社、2012年)等、その他雑誌等への寄稿多数。

知野:一件当たりの投資額が大きいので欧米の先進国の事例が目立ちますが、人口増加の著しいASEANを中心とする新興国に市場を求めて出ていく動きが中堅企業にも広がっていて、全体の件数を底上げしています。その一方で期待したシナジー効果が得られず、巨額の減損損失を計上するケースも見られます。日本企業による海外企業買収の成功確率は、一般にいわれるM&Aの成功確率3、4割を大きく下回ると見る向きもあります。

 M&Aが失敗する要因は大きく2つあります。一つは、競争的な市場環境下、高い価格での買収となるケースです。これはいわゆるプレディールの失敗です。不十分なデューデリジェンス、甘いシナジーの見積もり、結果としてのバリュエーションの失敗ともいえます。主要国の低金利政策によって世界的な金余り状態にあることもM&Aの競争が激化する要因となっています。KPMGのグローバル調査によると、投資ファンドなどのフィナンシャルバイヤーの買収マルチプルは2017年、平均で10倍超まで上昇しました。投資ファンドにとって、これはかなり高い水準で、これに平仄を合わせるように、一般事業会社における買収価格も高騰しています。

KPMG税理士法人 
M&A/グローバル・ソリューションズ パートナー
石原 恵MEGUMI ISHIHARA
上智大学外国語学部卒業、税理士。 KPMGピートマーウィック税務部門に入社後、主として外資系企業に対する日本の税務に関するコンプライアンスおよびアドバイザリー業務に従事。 2000年10月よりM&Aタックスに所属し、国内およびクロスボーダーのM&A・組織再編案件に多数関与。税務デューデリジェンス、ストラクチャリングのアドバイス、トランザクション実行時およびポストトランザクションに関する税務アドバイス等のサービスを提供。

 M&Aの低い成功率のもう一つの要因は、買収後の経営統合(PMI)の失敗です。まったく違う環境下で事業を行ってきた異なる文化を持つ企業と人材をマネジメントするのは、そもそも簡単なことではありません。特にグローバル経営の経験が乏しい日本企業にとっては難易度が高く、買収先企業に対するガバナンスが確立できないまま買収後の混乱の中で重要人材の流出や勢力争いが起こり、企業価値を毀損するケースも見受けられます。

石原:2つ目は一見すると買収後に起こる問題に思えますが、本質的には1つ目と同じくプレディール、つまり自社のM&A戦略の立案を含めた事前の準備に起因する問題です。デューデリジェンスをきっちり行い、M&A後のガバナンスや経営管理に関する課題をできる限り洗い出し、買収後にそれがマネージできないと想定される場合は、ディール途中であっても取りやめる選択をしなければなりません。