目指すべきビジョンが明確でないからどう変化すればいいのかがわからない、ビジョンがあったとしても社員が納得感を持って共有していないから変革のベクトルが合わない。そういった課題を持つ企業が多いように見受けられます。
西村:ビジョンという言葉自体が、日本の経営の中でまだ定着していないように思われます。ビジョンというと、往々にしてスローガンを考えたり、数値目標を掲げたりしますが、そうではなく、自分たちの会社が世の中でどういう価値を提供する会社なのか、その時にどういうバリューチェーンが必要なのかといった、「会社としてありたい姿」を事業に即して描いていくことが必要です。
我々は、ビジョンは事業全体を動かしていくものと位置付けています。未来のお客様の暮らしと、自分たちのあるべき姿を描いて、その未来の暮らしの中で、必要とされる事業の姿や事業ドメイン、シンボリックなプロダクトを逆算して考えていきます。ビジョンを考えることと、シンボリックなビジネスモデルや商品・サービスを考えることは、一体であるべきだと思います。
先ほどの健康食品会社の例で言うと、あるべき姿とシンボリックな事業の創出について役員会議の中では盛り上がるのですが、実際にできるのか、誰にやらせるのかといった現実に向き合うと検討速度にブレーキがかかってしまうという悩みもありました。
社員は既存の事業を回すのに一生懸命ですから、これにシンボリックな事業を立ち上げていく業務が付加されるとなると抵抗勢力も出てきます。そのため、全社を挙げて変化するのが非常に難しい。
栗原:おそらく高度経済成長期には、ビジョンのような話をしなくても経営者が見ている夢と従業員が見ている夢、お客様が期待しているものとが一致していたと思うのです。
端的に言えば、日本を豊かにする、暮らしを豊かにする、ということです。食品業界であれば、もっと寿命を延ばそうとか、栄養失調をなくして体の強い子を育てようといった夢で、会社は違ってもそんなに大きな違いはなかったはずです。その同じベクトルの中で、B2B企業でもB2C企業が求める原材料や機械などを提供することがミッションになっていて、そこからイノベーションは起きていました。
ところがいまは、健康一つを取っても、ロコモティブ・シンドローム(運動器症候群)なのか、糖尿病対策なのか、美しくなりたいのか、人々が求めるものが細かく枝分かれしています。イノベーションは掛け算だといわれても、掛け算の数が多すぎて、数を撃てば当たるとばかりにいろいろやってきたけれど、みんなイノベーション疲れを起こしている。
かつては必要のなかったビジョン、つまり自社の目指す方向性を、社内外に共通認識として持たせることができないと、イノベーションは起こせない時代なのです。ビジョンがあって、それに賛同する社員がいて、お客様が共感してくれて初めてイノベーションにつながります。ビジョンをつくることもそうですが、社内外でそれを共有することが非常に重要だと思います。