目指すべきビジョンが明確でないから、変革の方向性がわからない。そんな課題を抱える企業は少なくない。ビジョン策定・戦略立案、そして実行支援に豊富な経験を持つ2人に、ビジョンを構想・共有し、イノベーション創出につなげるメソッドを聞いた。

既存事業が成功しているほど
イノベーション創出の壁は高い

編集部(以下青文字):イノベーションの重要性を十分認識していながら、みずからドラスティックに変化することができないジレンマや危機感を抱く企業が少なくありません。日本企業がイノベーティブでなくなったとするなら、その要因はどこにあると思いますか。

博報堂コンサルティング エグゼクティブマネジャー
西村啓太
KEITA NISHIMURA

ビジョンや全社成長戦略、ビジネスモデルの策定、新規事業開発、マーケティングおよびデジタルマーケティング戦略の立案・実行支援に携わる。経済産業省における政策立案を支援、同省製造産業局の「クール・ジャパン室」立ち上げにも参画。慶應義塾大学大学院、青山学院大学にて非常勤講師を務める。共著に『経営はデザインそのものである』(ダイヤモンド社、2014年)など。

西村:日本企業を取り巻く外部環境が、デジタル化の進展やアジア各国の追い上げなどにより厳しさを増す中、いま求められているのは、シェア争いのような単なる競争戦略ではなく、儲け方や勝ち方そのものを変えていくという、従来の競争戦略の延長線上にはないような非連続なイノベーションです。

 ところが、多くの企業ではこれまで自分たちが戦ってきた勝ち方ができあがっていて、そこからなかなか抜け切れないでいます。過去の成功体験が視野を狭めてしまい、新しいビジネスを描くことを阻害しているのではないかと思います。

 日本のGDPは世界第3位に転落しましたが、国内市場の規模はいまだに大きく、それを維持するためにも投資や人員が必要な状況が続いています。

 一方、新しいビジネスを求めて海外展開を図っても、伸び率は高いものの規模としてはまだまだ大きくありません。デジタル関連の事業についても、一朝一夕にグローバル競争に勝てるレベルに届かないことから、規模が大きい既存の主力事業を守ることを優先順位の上位に位置付けてしまう。

 そうした中で、既存事業を守りながら新しい種を育てていく。しかもそれを単なる既存のビジネスの延長線としてではなく、まったく違うものとして描くというのは、経営者にとってもかなりハードルが高いのではないでしょうか。

博報堂コンサルティング エグゼクティブマネジャー
栗原隆人
RYUDO KURIHARA
幅広い業界において、ブランドビジョンの策定・戦略立案から、ブランド強化を実現するためのマーケティングプランの策定、ブランドマネジメント体制の構築支援などに携わる。近年では全社デジタル戦略の構築や組織設計をはじめとする仕組みづくりと、社員の意識を変えイノベーションへとつなげる企業風土変革を両輪とした企業支援を標榜する。

栗原:過去の勝ち方から抜け切れないというのは、逆に言うとそれほどよくできた勝ち方だということでもあります。

 たとえばミスが出ない製造工程や、イレギュラーが発生した時の報告体制などがしっかり構築されていて、それがどんどんブラッシュアップされるような組織の仕掛けをつくっています。難しいのは、それらがこれまではその会社の勝ち方としては正解だったということです。

 ただ、状況が変わってイノベーションが求められるとなると、話は変わってきます。そもそも目指しているゴールが変わったのであり、いままでと同じやり方ではだめなんだと誰かが言ってあげなければならない。「イノベーションが生まれない」と言っている会社は、よくできている仕掛けから抜け出せなくて苦しんでいる、というのが実態に近いのではないでしょうか。

西村:実際、そうした悩みを持つ企業からの問い合わせも増えています。好業績で経営リソースにも余裕のあるいまだからこそ、未来を主体的に生み出していこうという機運が高まっているのかもしれません。

 私が担当する健康食品会社も、第二創業と位置付け、役員一丸となって新しいビジネスの創出に取り組んでいます。

 健康効果や病気予防を謳った同社の中核商品が、競合商品の台頭により売上げを減らす中で、すでに確立された製造から流通、プロモーションまでのやり方とは違った勝ち方をしなければいけない、というのが彼らの悩みでした。

 それは単なる新商品のアイデアを提案してほしいということではなくて、10年後、自分たちはどういう価値を提供する会社であればいいのか、その時に事業ドメインはどこまで広がっているのか(あるいは狭まっているのか)、そのビジョンと事業ドメインに基づいた具体的な商品やサービスがどういうものであればお客様に支持されるのか、といったことを相談されたのですが、悩みは非常に根深いものだと感じました。