一方、デジタル化社会ではモノからサービスへ、ハードウェアからソフトウェアへと価値の源泉が移行します。最もわかりやすいのがスマートフォンで、人々はスマホというモノがほしいのではなく、その上で動くアプリで何らかのサービスを使いたいからスマホを買うのです。

 CASEの時代の車も同じことで、価値の源泉はモノからサービス、ソフトへとどんどん移っていくでしょう。車の開発に4年かかるとしても、モビリティサービスを提供するアプリは数カ月、数週間といった単位で開発できてしまう。変化のスピードがまったく異なるのです。

 そういうスピーディな環境変化、あるいはソフトやサービスへの価値移転にいまの企業グループや系列で対応できるのか。できないと考えたから、トヨタは新しい仲間づくりに乗り出したのだと思います。

 たとえば、自動車部品メーカーを考えてみましょう。日本の自動車部品メーカーで世界のトップ10に入るのは、2社程度で、世界的に見ると中堅以下の企業ばかりです。それでもOEMとの長期固定的な関係があるので、大きな企業再編は起こらず、それぞれが生き残ってこれました。

 一方でドイツのとあるタイヤメーカーは、21世紀に入るまではヨーロッパ以外では存在感の薄い、一企業でしたが、自動車電子部品事業買収などで、いまではタイヤとゴム・プラスチック部品の売上げは全体の4割ほどで、業績拡大を牽引しているのは、電子制御やセンサーなどのソフトウェアです。全技術者の半数がソフトウェアエンジニアといわれており、気がつけばタイヤメーカーからソフトウェアメーカーに転身し、世界で五本の指に入るメガサプライヤーに飛躍を遂げています。これはソフトへの価値移転を見越して、積極的なM&Aを重ね、事業ポートフォリオの転換を図った結果です。安全運転支援システムや自律走行システムでは、世界トップ企業と並んで、OEMから価値を奪うほどの存在感を示しています。日本の部品メーカーは大きく水を空けられました。

 日本の大企業は多くのグループ企業、系列企業を抱えており、そうした企業群の中でどこがデジタル変革を乗り越えられるのか、どこがディスラプトされてしまうのか。マクロとミクロの両方の視点からそれを見極め、企業グループのポートフォリオを大胆に入れ替えていく。そこまで含めたエコシステム形成の戦略を明確に描けている日本企業は、まだないと思います。

新小売り構想で
エコシステム形成を進める

 エコシステム形成の戦略を描くうえで、経営者にとって大事なことは何ですか。

3つあります。1つは、自分たちの進む方向は経営者にしか決められないということ。つまり、どういうエコシステムを形成するのか、そのフレームワークは経営者自身が決めることです。

 アリババ集団のジャック・マー会長が2016年に表明した「新小売り」(ニューリテール)構想は、その好例です。日本や欧米よりもEC(eコマース)化が進んでいる中国では、ECの成長率が頭打ち傾向にあります。そこでマー会長が打ち出したのが、ECプラットフォーム「タオバオ」や、モバイル決済システム「アリペイ」。それらを通じて集めたビッグデータなどを活用して、ECと実店舗、物流ネットワークを有機的に連動させて消費者のニーズに応える新小売り構想です。

 この構想に基づいてアリババは、大手の家電量販店やスーパー、百貨店などと戦略的提携を進めると同時に、オンラインとオフラインを融合させた生鮮スーパーの展開を始めました。さらには、零細小売店向けのB2Bプラットフォームも運営しています。このプラットフォームを使って零細小売店はメーカーから商品を仕入れられるほか、中国全土をカバーするアリババの物流ネットワークを活用できます。このプラットフォームに参加している零細小売店は2017年8月時点で50万店を超えたとアリババは公表しましたが、現在はこれらの零細小売店を組織化したコンビニエンスストアのチェーン化を目指しています。新小売り構想に基づくエコシステム形成を着々と進めているのです。

 私が日系企業の人たちからよく聞くのは、「M&Aの案件はたくさんある。しかし、稟議を上げても上司が通してくれない」といった話です。これは、経営者がどういうエコシステムを形成するかというフレームワークを示していないから、どの案件を通していいのか上司にもわからないのだと思います。