オープンイノベーションは、時に同床異夢に陥ることもあります。ふさわしい相手を探すうえで心がけたいことはありますか。

多田:これから注目したいのは、学学連携、産産連携です。産学連携はあっても、特に同業同士の連携は意外に多くない。お互い競争相手だと思っていますからね。

秋元:同感です。競合先も含めてチームを組んでみようという発想は、日本はもちろん、アメリカでもまだ少ないと思います。我々もいま、データの領域で大学や競合先を含めたエコシステムづくりを始めたばかりです。

多田:むしろ、競合先こそ共通課題を持っている可能性が高いといえるでしょう。それは医学界も例外ではありません。にもかかわらず、これまではそれぞれの学会が自分たちのアイデンティティとして、別々の研究テーマを追ってきました。

 ところが2018年12月、まさに学学連携によるイノベーションが起こりました。脳卒中・循環器病対策基本法という法律が成立したのです。かれこれ10年前から、脳卒中と循環器、それぞれの関係団体が動いていましたが、なかなか法案成立に漕ぎ着けられなかった。そこで、数年前より両分野の団体が連携。別の会場で同日開催された学会を遠隔でつなぐなどしてコラボレーションを進め、課題の共有を図ったのです。そうした取り組みもあって国会に法案を通すことができ、長年の努力が結実しました。

 でもあらためて考えてみれば、両団体が連携するのはある意味、当たり前のことです。と言うのも、脳卒中、心不全、心筋梗塞、これらはすべて血管の病気です。脳と心臓は血管でつながっていますからね。それぞれを分断して研究するより、連携したほうがはるかに大きな成果が生まれるはずです。

秋元:目線を変えれば、思わぬ相手がパートナーになりうるということですね。

 たとえば自動車業界においても、自動運転の登場により、これまでとまったく違うコラボレーションが生まれる可能性が出てきました。自動運転のためのセンサーやアクチュエーターには、車を動かすもの、空間を最適化するもの、それぞれの異なる技術が必要になります。

 また、完全な自動運転に至る以前に、人間が運転を行う現状であっても、飲酒や居眠りによる事故を防止するうえで、ヘルスケア分野で使われる生体センサーを活用することも有効です。

 これからの自動車業界では、こうしたさまざまなICTを活用し、あらゆる交通をクラウド化してシームレスにつなぐMaaS注)が普及することで、コラボレーションの輪がさらに広がります。その結果、隣接業界のとらえ方が変わり、パートナーシップの形も大きく変わっていくことでしょう。

多田:パートナーシップで重要になってくるのが、「ニーズ」ではなく、「アジェンダ」の共有です。目先のニーズに囚われ、そのニーズに応えるテクノロジーを持ち寄ったところで、将来の課題は解決できません。ビジネス環境が刻々と変わるVUCA時代ですから、我々が立っている地盤そのものが地滑りを起こしている可能性は高いのです。

 だからこそ私は、日頃から社員に「顧客に寄り添うのではなく、顧客の“成し遂げたいこと”に寄り添うように」と伝えています。将来のビジョンを探り、その実現に立ちはだかる課題を考えるところから始めなければなりません。つまり、未来軸のアジェンダ設定とその共有こそが、オープンイノベーションを成功させる第一歩なのです。

注)Mobility as a Serviceの略。車を所有から共有に転換し、移動を「サービス」として提供すること。ライドシェアやカーシェアなど、さまざまな移動サービスが始まっている。

 とはいえ、競合先と上手にパートナーシップを組むのは、そう簡単なことではないように思いますが。

多田:新たな市場が誕生すると、我勝ちに食い荒らす者が集まって市場が荒れ果ててしまうケースはあります。経済用語で言う「コモンズの悲劇」です。とはいえ、今後は一社独占状態で成長し続ける市場はそう多くないでしょう。少なくとも医療の世界は違う。医療費増大という社会課題も抱えるだけに、パートナーシップによる課題解決が不可欠です。

 もちろん同じ業界ですから、シェアを奪われることもあるでしょう。ただ、それは一時的な現象にすぎません。共通のビジョンとアジェンダを掲げるパートナーとともに、シェア争いの次のフェーズ、つまり競争ではなく、「共創」のエコシステムを目指すべきです。