課題解決に資する
デジタル・トランスフォーメーション
共創のエコシステムを築き、イノベーションを目指す過程で、大きな自己変革を求められる場合もあります。その一つが、デジタル・トランスフォーメーションです。
多田:オープンイノベーションと同様、デジタル・トランスフォーメーションも課題解決のための手段だととらえています。
国民皆保険制度を維持する日本の医療は世界的にも称賛されていますが、先ほど申し上げた医療費増大だけでなく、健康寿命という点でも課題を抱えています。三大疾病のうち、心疾患と脳卒中の医療費ががんを上回るのは、日本の特徴といえます。なぜなら、心疾患と脳卒中はがん以上に予後が悪い。つまり患者さん本人はもとより、支える家族や社会全体の医療費においても、長期にわたった負担がかかるのです。健康寿命の延伸というビジョンを掲げ、国民皆保険制度の下で質のよい医療を提供し続けるには、これまで以上に効率化が求められてきます。そこで問われてくるのが、医療業界におけるデジタル・トランスフォーメーションです。
この国にはまだまだ活かされていない医療資産が眠っています。たとえばCT。日本はこの人口当たりの台数が世界一多い「CT大国」といわれますが、残念ながらそれが有効活用されているとはいえません。大事なのは台数ではなく、そこから得られるデータです。それを活用できるプラットフォームをつくることこそ、我々が目指すべきデジタル・トランスフォーメーションにほかなりません。医療機器メーカーとして、製品の販売、保守・メンテナンスだけでなく、機器ごとの稼働率も含め、無駄なコストを排除しつつ、資産価値を最大限高めるためのデジタルなサポートサービスを提供すべきだと考えています。
そのためにまず実践したのは、日野本社工場でみずから実証実験することでした。GEグループはいま、「ブリリアント・ファクトリー」というコンセプトの下、世界中の工場でデジタルデータによるリアルタイムな最適化を図っていますが、我々GEヘルスケアの日野本社工場は、そのモデルケースに指定されています。そこで実際にブリリアント・ファクトリーを実践してみると、生産性の低い作業やプロセスが可視化され、劇的に業務改善が進みました。リアルタイムに人の行動変容まで促せることがわかったのです。
この仕組みを病院に落とし込んだものが、「ブリリアント・ホスピタル」です。IoTやAIを駆使し、故障などの問題が生じる前に、何が起こるかをビッグデータ分析で予測します。さらに医療スタッフの動線や滞在分布、医療機器の稼働状況を分析し、医療スタッフや機器の稼働の効率化を目指しています。
たとえば、ある病院にある超音波機器の稼働率を調べたところ、130台のうち30台はほぼ使われていないことが判明しました。一瞬、この取り組みはみずから市場を縮めることになるのではないかという懸念が頭の中をよぎったのですが、それを振り払い、むしろ将来を見据えてお客様の財務体質強化に貢献したほうが、新たな需要の創出につながると判断しました。実際、お客様のコスト削減に貢献できたばかりでなく、よく使われる装置には投資しようとなり、新規の機器購入にもつながったのです。
秋元:お客様が持つデータを見える化し、課題やソリューションを提示。単に機器を販売して終わりではなく、その後のコンサルティングまで網羅したサービスモデルですね。
多田:その通りです。そしてもう一つ、デジタル・トランスフォーメーションとして注力しているのが、「プレシジョン・ヘルス」です。患者さんごとにデータを分析し、診断、治療、予後の全領域でコストを抑えつつ、個別最適化した医療を提供しようという試みです。医療機関、製薬企業、医療機器メーカー、ヘルスケアカンパニーなどとパートナーシップを組み、患者さんを主体としたデータを共有することで、新たな価値の創造につながります。