秋元:当社もデジタル・トランスフォーメーションによって、まず自社のビジネスモデルを変えていきたいと考えています。
もともと我々プロフェッショナル業界では、「タイム・アンド・マテリアル」といって、どのランクのエキスパートがどのくらいの時間を費やしたかでフィーが決まっていました。基本的に労働集約型のビジネスです。しかし、今後デジタル化が進めば、人間がやっていた作業もどんどん自動化されます。エキスパートの経験値や知見によるインサイトも、AIを活用することでより効果的に、高度なものを提供できるかもしれない。機械と人間の分業が進んでいくことでしょう。
その一方で、データサイエンティストやデータエンジニア、プログラマーといった新たなメンバーも我々のチームに加わるようになり、彼らとどう協働するかがプロフェッショナルに問われ始めています。従来の働き方や組織のあり方を、大きく変えなければならない時代がやってきたのです。
ちなみにこの対談の場となった「KPMGイグニション東京」をKPMGジャパンが2018年7月に創設したのも、みずからを変容(トランスフォーム)しなければという危機感からでした。
この施設とそれを支えるチームは2つの役割を持っています。一つは、お客様とともに課題を発見・共有し、そのソリューションを創発するためのインタラクティブな場づくり。つまり、パートナーシップによるエコシステムの創出です。そしてもう一つは、我々自身の変容の場であること。当社の社内カルチャーやワークスタイルを大きく変えるための挑戦です。
実際、このイグニション東京では、当社の中で異例の組織編成を行っています。メンバーは日本人3分の1に対し、外国人が3分の2。デザインシンキング、デジタルに強い人材を集めたところたまたまこうなったのですが、動き出してみると、やはり考え方も行動様式はもちろん、ファッションまで違う。いまではスーツ派よりも、ジーンズ派が多数を占めています(笑)。もちろん多少の衝突や軋轢はありますが、異質なものを受け入れることで、よい変化が起こると信じています。
ちなみに、聖書には「新しい葡萄酒を古い革袋に入れてはならない」という言葉があるのをご存じですか。この言葉の通り、このイグニション東京は、まさに新しい革袋だと私は考えています。だからこそ、ここに入るメンバーには、組織に新たな風を吹かせる新参者(ニューカマー)が必要なのです。
多田:たしかにダイバーシティを持った組織づくりは、一筋縄ではいきませんね。全員がオーナーシップを持てない、連携がうまくいかないなど、課題もあります。ただし、自前主義から脱却し、多様性によってイノベーションを成し遂げるためにも、異質な者同士による共創を諦めてはいけません。
当社でも、自分と違う視点や課題解決を社員に学んでもらおうと、オープンイノベーション以外にも、他業界との交換留学ならぬ「交換留職」を企画し、準備を進めています。
秋元:他社のカルチャー、ビジネスを経験した人材は、組織に多様な視点をもたらしてくれそうですね。
そういえば最近、当社のお客様の中には、離職者の受け入れを積極的に進めている企業が増えています。多様性を組織の力に変えていくうえで、そうした再就業者が、内と外、両方の視点をうまく融合させる役割を担ってくれるかもしれません。
経営者に求められる
ハイブリッドなリーダーシップ
では最後に、イノベーションをマネジメントできるリーダーの条件について伺います。
多田:イノベーション創出を進めるうえで重要になるのが、その重責を託すメンバーに対する「心理的安全性の担保」です。リスクを取っても大丈夫という信念を共有できる組織をつくらないと、多様さの弊害に足を取られ、前に進めなくなってしまう。そのためにも経営者が率先して、挑戦を奨励する風土づくりにコミットしなければいけません。多くの日本企業で掲げられる「やってみなはれ」というスローガンはその象徴だといえるでしょう。
秋元:一方で、イノベーションにおける「正しいKPIの設定」も、経営者の重要な仕事です。中長期を見据えたイノベーション担当部門が、既存事業部門の現場と同じ短期軸で評価されることは避けなければなりませんが、現場任せで関与しないのも厳禁です。イノベーションに対する正当な評価軸をきちんと持つこと。そのためには、何のためのイノベーションなのか、経営者がきちんと定義しておく必要があります。
多田:たしかに、「やってみなはれ」を現場任せにしないためにも、明確な評価軸が不可欠ですね。当社でも営業マンの評価については、「お客様のライフサイクルマネジメントにおいて、いかに資産を活用いただけているか」といった新たな基準を取り入れ始めています。
秋元:ただし、一度決めたKPIに固執しすぎてもいけません。実験してみてダメなら変える、というしなやかさも持たないと。多田さんがおっしゃった通り、イノベーターには「上手な自己否定」が不可欠ですね。
多田:正しいKPIの設定以外にもう一つ、リーダーに必要なことがあります。それは、「謙虚に学ぶ姿勢」です。
いまの時代は、我々の若い頃と社会背景も違えば、テクノロジーも劇的に進化していますから、若い世代に教えを乞わねばならないことが多々あります。リーダーみずからが、わからないことをわからないと素直に弱みをさらけ出せる組織なら、みんなが自由に発言できるでしょうし、アイデアもどんどん出てくるのではないでしょうか。
秋元:私自身も、若い世代に教えられることは増える一方です。かつてのマネジメントは経験を盾にして、自分の知見によって組織を導くスタイルが主流でしたが、これからは違います。リーダーは自分にできること、できないことを整理し、できないことを部下にアサインしながら、一人ひとりの能力を伸ばし、その多様性を組織の力へと変えていかねばなりません。
日本企業が21世紀にふさわしいイノベーションを実現するためにも、多くの経営者にそうしたハイブリッドなリーダーシップを発揮してもらいたい。そう願っています。
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