日本がイノベーション後進国といわれて久しい。しかし近年、21世紀にふさわしいイノベーションを創出すべく、多くの企業で新たな試みが始まっている。それは、「オープンイノベーション」と「デジタル・トランスフォーメーション」だ。イノベーションそのものが“手段の目的化”とならないよう、これらにどう向き合い、マネジメントするかが問われている。みずから先頭に立ち、未来の課題解決のためのイノベーションに取り組む2人に、その要諦を聞いた。

日本のオープンイノベーションは
なぜうまくいかないのか

編集部(以下青文字):イノベーションの創出をめぐりグローバルな競争が激化する中、日本でも、他社との共創によるオープンイノベーションが注目されています。この状況をどうご覧になっていますか。

KPMGジャパン チーフ・デジタル・オフィサー KPMGイグニション東京 統括責任者
秋元 比斗志
 HITOSHI AKIMOTO
外資系コンサルティング会社および外資系金融機関のCIO、COOを経て、2010年にKPMG入社。2011年に設立されたKPMGマネジメントコンサルティング代表取締役社長等を経て、現在はKPMGジャパンのイノベーションおよびグローバル戦略のコンサルティングを担当。また、同社のCDOも兼任。2018年7月には、顧客のイノベーション支援施設であり、自社のワークスタイルとカルチャー変革の場としての「KPMGイグニション東京」を創設。その統括責任者を務める。

秋元:もともと日本企業は、ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授が提唱するような破壊的イノベーションは不得意ですが、過去の成功体験を基礎とする持続的イノベーションは得意です。トヨタ自動車の「カイゼン」などは、その好例の一つといえるでしょう。
 しかし、デジタル化によってビジネスモデルが激変し始めたいま、持続的なイノベーションだけでは世界のスピードについていくことはできません。まったく違う次元の変革、破壊的イノベーションが求められています。

多田:ただし、気をつけなければならないのは、イノベーションそのものは目的ではなく、あくまで課題解決のための手段だということです。たとえ最新のデジタルテクノロジーを導入したとしても、それ自体はイノベーションでも何でもありません。それを何のために使うのかという目的がきちんと定義できていなければ、真のイノベーションを成し遂げることはできないのです。

では、そのために必要な要素とは。

GEヘルスケア・ジャパン 代表取締役社長兼CEO多田 荘一郎SOICHIRO TADA
1995年、大学卒業後、外資系PCメーカー、外資系体外診断薬メーカーを経て、GE横河メディカル(現GEヘルスケア・ジャパン)入社。その後、外資系医療機器メーカーにて要職を歴任。2017年、GEヘルスケア・ジャパンの代表取締役社長兼CEOに就任。医療費増大という社会課題を抱える医療業界において、個別最適な医療サービスを提供する「プレシジョン・ヘルス」の実現に向け、医療ビッグデータの利活用をはじめとする数々の産官学連携に参画し、政策提言など幅広い活動を行っている。

多田:クリステンセン氏は破壊的イノベーターのDNAとして、「関連付ける力」「質問力」「観察力」「ネットワーク力」「実験力」の5つを挙げていますが、私はその中でも、ネットワーク力、つまり外部連携が最も重要だと考えています。

 日本の医療における課題は多岐にわたりますが、当社だけで解決できるものは一つもありません。よく、「イノベーションは辺境で起こる」といわれますが、物事を変えるには、違う価値観、軸足、テクノロジーに照らしてみずからを見つめ直す作業が不可欠です。自分たちの常識が外の世界では非常識だと気づかなければ、イノベーションなんて起こせるわけがない。だからこそ、「上手な自己否定」をして、そこから学ぶ力が必要です。その意味で、他社とのオープンイノベーションは、上手な自己否定に有効な場だといえます。

秋元:これまで多くの日本企業は外部連携が苦手で、どうしても自前主義になりがちでした。これは、イノベーション創出において大きな問題です。

 私は、イノベーションに失敗する時は、次の3要素があると思っています。(1)網羅的な観点に欠けること、(2)未知の相手とパートナーシップが組めないこと、(3)トップが関与せず、担当者に任せっ切りになりがちなこと。(1)と(2)は明らかに自前主義の弊害です。(3)は経営者自身がイノベーションに対する正しいKPI(重要業績評価指標)を持っておらず、現場任せになっているからだと思います。

多田:当社は外資系企業とはいえ、設立は1982年と日本に根差して長いですし、横河電機との合弁会社でもあるので、生え抜きの社員がたくさんいます。ですので、GEグループ会社のみならず、他業界と学びの場を設定するなど、社内に多様性を醸成するようにしています。日頃から、自己否定できる場に身を置いてカルチャーショックを受けないと、本当の課題は見えてきません。