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英語はできるに越したことがない、と多くの日本人はそう信じている。だが、英語がなまじ話せるからこそ、はまってしまう罠もある。
米国の大学やハーバード・ビジネス・スクールで学び、総合商社で丁々発止のビジネスを行ってきた経験を踏まえて、現在、日本人の英語力向上とグローバル・リーダーの育成に携わる著者が、最新作『グローバル・モード』から抜粋してそのコツを紹介する。 

英語だけが流暢でもうまくいかない

 米国での大学時代、現地で日米の社会人の草の根交流を推進する「ジョン万次郎プログラム」に立ち会ったことがありました。両国とも親しみ深い野球をテーマに討論会が開催され、「日米のプロ野球シーズン後、それぞれの優勝チームが対決する決勝リーグを作ったらどうか」というトピックについて話し合われました。

 双方とも野球関係者がいるわけではなく、あくまで交流の一環としてのカジュアルな議論です。しかしここで、日本側の参加者(田中さん・仮称)と、米国側の参加者(ジムさん・仮称)の間で埋めようのない溝ができてしまったのです。

 田中さんは高校の英語教師で、相当の英語力の持ち主でした。この討論会では「決勝リーグ肯定派」として先頭を切って論陣を張っていました。一方のジムさんは、「決勝リーグは現実的ではない」という否定派です。

 田中さんは「折角の日米交流プログラムなのだから、実現の方向でポジティブに話をすべきではないか」と主張し、ジムさんは「米国のプロ野球は年間の試合数が多すぎるので、これ以上増やすのは現実的に無理ですよ」と主張。まったく噛み合いませんでした。

 それでもジムさんは、田中さんの意見の背景を聞き出そうといろいろ質問しましたが、田中さんはどんどん不機嫌になっていきます。とうとう、「これだけ言っているのに」と日本語で愚痴を言い出す始末。結局、会議は不穏な空気に包まれ、残念ながら、楽しい交流とは程遠いものとなってしまいました。

 田中さんの言葉には、「わざわざ日本から来たんだから、多少は顔を立ててくれてもいいだろう」「せっかくだから形だけでも作ろうじゃないか」という思いが見え隠れしています。自分の意見を通してくれないことで、敬われていない気もしたのでしょう。まさに高文脈スタイルの典型です。英語は堪能でしたが、頭はローカル・モードのままだったのでしょう。

 ジムさんは、高文脈の人々の特徴など知る由もありません。大人の対応をしながらも、内心、「なぜ田中さんは普通に議論をしてくれないのか」「なんて頑固で失礼なのか」とあきれていたのではないでしょうか。

 いくら英語力があってもモードを切り替えないと失敗する――そう痛感した出来事でした。