ワーケーションの受け入れ側が具備すべき条件は、安全で安定的なWi-Fi環境、コワーキング的なものも含めた仕事ができる環境、そして住む所と、それだけ聞くと何とかなりそうな気がしてしまうが、行く側からすれば、食を含む生活環境が便利であることも重要であるし、行った先での移動手段が確保されなければ、単なる“陸の孤島”に自ら進んでいくようなものになってしまう。

 さらに、行くなら行くで、現地までの交通費、滞在費などの経費が発生するが、それを負担してもなお、それに見合った価値や満足感が得られなければならない。そう考えていくと、「Wi-Fiや仕事場を準備しました」「滞在先を確保しました」というだけでどうにかなる話ではないことがよく分かるだろう。

政府として
推進するような話なのか

 特に費用負担の問題は、このコロナ禍を考えれば極めて重いと考えられ、これをそれほど気にせずに気軽にワーケーションに一定期間出掛けられる人は相当限られるだろう。

 つまるところ、ワーケーションなるものは、有閑階級とまでは言わないが、経済的にある程度余裕があって、地方に言っても支障なく出来るような仕事をしている人のためのものということであろうし、そうした人が求めるサービスや食等が供給できるところが行き先、滞在先として選択されることになるだろうから、ワーケーション自体が成り立つ地域も相当限られることになるだろう。

 そもそも、個人のレベルで「遊びながら仕事」というようなスタイルを選択するのならばまだしも、政府として推進するような話ではあるまい。

 現政権は、それくらい緊張感も危機感も、何もかも欠けているということなのかもしれない。