【お寺の掲示板74】やられてもやり返さない築地本願寺(東京) 投稿者:@acoaco06  [2020年10月4日]

“怨みの絆”の恐ろしさ

 今回は築地本願寺の掲示板です。教育系YouTuberとして大人気のオリエンタルラジオの中田敦彦さんですが、この言葉は「中田敦彦のYouTube大学」を築地本願寺で収録したときの発言です。【築地グルメ】半沢さん…やられてもやり返すな仏教だ&中田の子育て論というタイトルで公開されています。

 中田さんの言葉、もうお分かりですね。堺雅人さんが演じるTBSドラマ『半沢直樹』の「やられたらやり返す、倍返しだ!」という決めセリフが元ネタです。今回は“1000倍返し”にまでエスカレートしたようですが、9月27日に迎えた最終回では瞬間最高視聴率35.8%を記録するなど、大人気のうちに幕を閉じたようです。

「やられてもやり返さない」ことが仏教だ、という言葉の意味を考えてみましょう。“倍返し”が達成されれば、その時点で一時的な快感が得られるかもしれません。しかし、やられた相手はその怨みを決して忘れません。『法句経』の中に以下のような言葉があります。

 他人を苦しめることによって、自分の快楽を求める人は、怨みの絆にまつわられて、怨みから免れることができない。
(『ブッダの真理のことば 感興のことば』岩波文庫)

 やられた相手が遺恨を持つことによって、そこに“怨みの絆”が結ばれてしまうというのです。怨みの絆は本当に厄介なもので、一度結ばれてしまうと、これが後に大きな悲劇を引き起こすことがあります。エピソードを一つご紹介します。

 今から100年少し前のこと。第一次世界大戦が終結し、戦勝国のイギリスとフランスは莫大な賠償金要求を敗戦国ドイツに突きつけようとしていました。特に国土を蹂躙(じゅうりん)された隣国フランスは、ドイツに対する怨みが非常に大きく、この機会にたたきつぶしてやろうともくろんでいました。それに対して、アメリカ大統領のウッドロウ・ウィルソンはその賠償要求に強く反対しました。過酷な要求は怨みを残し、次の戦争の火種になると考えたからです。

 パリで行われた講和会議で譲歩を迫るアメリカに対して、イギリスやフランスは一歩も譲りません。話し合いが平行線をたどる中、ウィルソンは当時世界中で猛威を振るっていたスペイン風邪に罹患(りかん)してしまいます。

 第一次世界大戦を終結に導いた側面もあるこのスペイン風邪が、会議の流れを大きく変えました。病で完全に気力を失ったウィルソンは、イギリスやフランスに押し切られてしまいます。その結果、当時の国家予算の約20年分に相当する1320億マルクを賠償金としてドイツに科すことが決定しました。

 莫大な賠償金を払わなければならなくなったドイツでは、ハイパーインフレでマルクの価値は暴落し、国内経済が最悪の状況に陥ります。国民の不満が爆発し、それがきっかけの一つとなってナチスドイツが台頭していったことは周知の通りです。ドイツのポーランド侵攻を発端として第二次世界大戦が勃発し、フランスやイギリスだけでなく、ヨーロッパ全体にさらに大きな災禍がもたらされることになったのです。

 歴史にifはありませんが、もしパリでウィルソンがスペイン風邪にかからず、巨額の賠償金を請求しない形で合意がなされれば、ひょっとするとヒトラーの台頭も第二次世界大戦もなかったかもしれません。

 これは怨みが連鎖した典型的な例といえるでしょう。倍返しという復讐行為は誰しもカタルシスを感じるかもしれませんが、それでは怨みの連鎖が永遠に続いてしまいます。ですから仏教では、「やられたらやり返さない」ことが基本的なスタンスになっています。最後に『法句経』の有名な言葉をもう一つ紹介します。

 怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息(や)むことがない。怨みをすててこそ息む。これは永遠の真理である。

 この言葉をしっかり心に留めて日々の生活を送りたいものです。

【お寺の掲示板74】やられてもやり返さない

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