“氷河期”に生きて培われたもの

 しかし、「だから時代が悪かった」とも思えない。悪いのはどう考えても時代にそぐわない活動方針でセールスプロモーションの努力を怠っていたわがバンドであって、責任を時代に転嫁するのは己が見えていないようで嫌だ。強いて言うなら「ちょっと運が良くなかった」くらいであろう。言ってもどうしようもないことについて恨みを募らせてもさらにどうしようもなくなるだけなので、よそではなく自分の中に変革や順応できる要素を探して適応する努力をした方が心の健康によろしい…と思うようにしている。
 
 バンドはうまくいかなかったが悪戦苦闘しただけ得たものもあって、当時培ったスキルが買われて現在の演奏やアレンジの仕事につながった。当初思い描いていた夢とは大きく異なるし、忸怩(じくじ)たる思いも胸の奥に残りはしたが、当時があったからこその今の自分であり、今の自分はやはり誇らしく感じられるのである。だから「人生再設計」と言われても「大きなお世話」という気がしてしまう。
 
 人は自分の経験や選択を正当化や美化したい生き物であるから、筆者のこの感想もおおいにこれに当たる部分があると思われる。とはいえ、長い葛藤の末に得た本人なりの結論であるから、いくばくかは真が含まれたものである、とも思いたい。
 
 筆者個人としては“就職氷河期”より“バンド氷河期”の方により積極的な思い入れがあるが、ひとつの氷河期を生きてきた者として「氷河期も気の持ちよう次第で十分有益である」ということは明言しておきたい。
 
 今年はコロナ禍があって、教育・就職の機会が損なわれた「ロックダウン世代」が誕生した。この世代はわれわれ就職氷河期世代と同様、将来数十年先まで不利益を被る可能性があると危ぶまれている。未来に起こりうる集団の損失を回避すべく、十分な対策が検討されてほしいところだが、一個人としてはその世代の個人に向けて「なんとかなるよ」という、無責任に聞こえそうなひとつの真実をしかるべき説得力できちんと伝えられる人間になれるよう、現在を積み重ねていきたい。