大企業に決定的に足りない3職種

 一方で、今の企業に圧倒的に不足しているのが、エクスペリエンスデザイナー、エンジニア、プロダクトマネージャーの3職種だ。いずれも、実際のモノやサービスをつくるエキスパートであり、企画を現実のものとするには欠かせない。私は、大企業を支える人材がビジネス側に偏り、この3職種の活躍の場が極めて限られていることが、企業変革を遅らせている要因の1つだと感じている。

 以下、それぞれの職種についてBCGDVのメンバーの言葉も交えながら紹介していこう。

エクスペリエンスデザイナー(XD)

 デザイナーに対するありがちな誤解の1つは、単純に見た目のよいグラフィックをつくれる人材というものだろう。それならば外注で十分である。

 変革を推進するデザイナーに求められる役割とは、机上の「企画」をいち早く可視化し、メンバー全員の理解の解像度を上げ、議論の突破口とすることだ。

 新規事業の初期段階において、実際のプロダクトを手に取ったり、目で見たりすることは誰にもできない。このため、抽象的なコンセプトや事業計画に気を取られ、プロダクトに関する議論はなかなか前進しないものだ。XDは、コンテクストを素早く理解し、目に見える・手に取れるプロトタイプ(試作品)を作り、関係者に提示する。具体的な試作品を目にすれば、ユーザーの行動や気持ちを疑似体験したり、問題を早期に発見したり、改善点を議論したりできる。私は、新規事業に限らず、デジタルトランスフォーメーションのような抽象度の高い取り組みにおいても、XDが議論の突破口を開き、建設的なコミュニケーションを生む場面を多く見てきた。

 なお、ここでいうプロトタイプとは、XDが「なんとなくこんな感じ」と適当に作ったものではない。BCGDVの東京拠点でXDチームを牽引している花城泰夢によれば、ひとつひとつのUI/UX(ユーザーインターフェース/ユーザーエクスペリエンス)には意図があり、それらは深い顧客理解に根差している。

 プロトタイプをつくる大まかな流れは、まず、エスノグラフィックリサーチ等を通じて潜在的なユーザーニーズをあぶりだす。次に、ターゲットとなるユーザーをいくつかのセグメントにまとめ、それぞれの人物像や課題を精緻化する。そして、各セグメントに対して「あるべき顧客体験」とはどのようなものかを議論し、カスタマージャーニーの形にまとめる。これらをふまえてデザインの全体方針を組み立て、具体的なインターフェースに落とし込み、初期のプロトタイプを作成する。プロセス全体を通じて、XDには顧客体験に対する深い洞察力と、それを可視化する能力が欠かせない。それがゆえに、BCGDVではこの職種を「エクスペリエンス」デザイナーと呼んでいるのだ。

 XDには、ユーザーニーズを咀嚼し具体的なUI/UXに落とし込む力、それを支える高度な技術力、そして世の中のデジタルプロダクト全般に関する肌感覚や経験が必要である。また、優れたXDは、デザイナー以外のメンバーに対してUI/UXの開発意図を説明することがうまい。画面遷移や機能のひとつひとつに込められたデザイン上の意図を、他のメンバーも腹落ちできる形で説明し、周囲の理解を取りつけ、プロジェクトに巻き込んでいく。残念ながら、これらの特性をすべて兼ね揃えたデザイナーは非常に少ないので、多くの場合は、コアとなるスキルを持つデザイナーを数名集め、組み合わせてプロジェクトを推進することになるだろう。