日常でもビジネスでも何が起こるか分からない時代。こうした時代を乗り越える唯一の手段が「歴史」だ。時代も登場人物も違えば、まったく同じ歴史をたどることはない。しかし、似たことはこれまで何度も起こっているのである。それならば歴史に学ばない手はない。経済界きっての教養人から、大学の学長へ。「自分は本からできている」と豪語し、歴史に関する数々の著書や連載を持つ出口治明氏に、歴史を学ぶ意義を聞いた。(聞き手・ダイヤモンド編集部編集委員 長谷川幸光)

「週刊ダイヤモンド」2020年2月25日号の第1特集を基に再編集。肩書や数値など情報は雑誌掲載時のもの

何事もまずは全体をつかまないと
物事の本質は理解できない

――出口学長はこれまで「日本史というものはない」と述べてきました。その真意は何でしょうか。

 僕は「歴史」というものは二つしかないと思っています。一つは138億年の宇宙史、いわゆるビッグヒストリー。

出口治明氏
出口治明/でぐち・はるあき。1948年生まれ。京都大学法学部卒業後、日本生命保険入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年に退職。同年、ネットライフ企画(現ライフネット生命保険)を創業。社長、会長を務めた後、18年より現職。 Photo by Hasegawakoukou

 もう一つは、文字が生まれてから今に至る人類の5000年の歴史。人間の人間たるゆえんは文字にあると思っています。日本の歴史は、この5000年史の一つのパートといえます。

 日本の歴史は全て世界の歴史とつながっているのです。世界の流れを無視して、個別の国や地域の出来事を学ぼうとしても理解できるはずがありません。「日本史はない」とはそういう意味です。ただし、「世界の中の日本というエリアの歴史」はありますね。

「木を見て森を見ず」という言葉がありますが、何事もまずは全体をつかまないと物事の本質は理解できません。部分だけ見てもどうしようもない。あらゆる出来事は、全体の文脈の中で理解するべきです。

――日本史と世界史を分断してはいけないのですね。

 そう思います。仏教伝来もペリー来航も、世界の流れを見ないと理解できません。例えば仏教とは何でしょうか。