ビジョン、オーナーシップが
はっきりしないプロダクトは失敗する

 誰の何を解決するか、世界観やユーザー体験をビジョンとして描ききれなかったプロダクトの例としては、「セブンペイ」や「新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)」が挙げられます。

 セブン&アイ・ホールディングスが独自のバーコード決済サービスとして2019年7月にリリースしたセブンペイは、不正なチャージや利用が相次ぎ、スタートからわずか2カ月でサービスを全面廃止することとなりました。被害が起きた理由としては、複数端末からのログインへの対策や、2要素認証などセキュリティ面での対策が十分でなかったことが挙げられています。また開発体制上、システム全体の最適化が十分に検証されていなかったことも原因とされました。

 セブンペイにおいて、決済は機能の一つに過ぎません。本当は使った上でどのように買い物体験が変わるのか、キャッシュレス決済の普及で広がる世界観を、もっと大きな絵を描いて考えるべきでした。問題となった一連の認証フローでは、ユーザー環境やリテラシーの想定、そしてセキュリティ面でのリスクコントロールの観点が大きく抜けていたと考えられます。

 セブンペイの問題は、プロダクトのオーナーシップを持った人がはっきりしていなかったことに起因しているのではないかと思われます。一気通貫での意思決定が必要な場面で、合議制で判断が行われるようなことがあったのではないでしょうか。

プロダクトマネジャーの仕事に必要な3つの領域(書籍『プロダクトマネジメントのすべて』より)プロダクトマネジャーの仕事に必要な3つの領域(書籍『プロダクトマネジメントのすべて』より)
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 また、プロダクトマネジャーは、ユーザー体験(UX)、テクノロジー、ビジネスの3つを理解した上で、3つの交差領域における難しい意思決定を下さなければなりません。例えば、セキュリティ対策の技術とビジネス、ユーザー体験が重なり合う部分での判断は非常に難しいですが、セブンペイのケースでは、専門家への確認などを怠り、妥協してはいけない部分で妥協してしまったのではないかと推測されます。

 同じことはCOCOAでも言えます。新型コロナウイルス感染症対策のための接触確認アプリCOCOAは、スマホのブルートゥース通信機能を利用して、ユーザー同士が1メートル以内の距離で15分以上接触していた場合、互いの端末に記録を残し、一方がウイルス感染の陽性者として登録すると相手にも通知するという仕組みになっています。しかし、SNSなどで「陽性者と接触したのに通知が来ない」といった指摘があり、厚生労働省が今年2月に改めて確認したところ、2020年9月末からアンドロイド版のCOCOAで接触が通知されない不具合があったことが分かりました。

 COCOAのケースでも、誰がプロダクトの責任者か分からない状況になっています。COCOAは、当初有志によって開発されていたアプリがベースとなっており、マイクロソフトのクラウド環境AzureやXamarin(ザマリン)といった開発環境の利用が前提となっていたことや、感染者情報の把握・管理システム「HER-SYS」とのつなぎ込みなど、さまざまな難しい制約条件があったことは確かです。ただ、その上で意思決定していくのが本来のプロダクトマネジャーの仕事です。しかしCOCOAの例でも、誰もがみんな「自分のプロダクトだ」という意識のない、責任者不在の状態でした。