室町時代の能楽師・世阿弥。能役者、作家であり、結崎座(観世流)を率いる経営トップでもあった。そんな世阿弥が残したのが能の理論書で、亡父、観阿弥の教えを基に、能の修行法・心得・演技論・演出論・歴史・能の美学など世阿弥自身が会得した芸道の視点からの解釈を加えた著述『風姿花伝』だ。また世阿弥は、40歳ごろから約20年にわたり、芸の知恵を息子・元雅に書き継いだ伝書『花鏡』も残している。

前回に引き続き、連載『名著で読み解く新常態』の著者・秋山進氏がコーディネーター役となり、世阿弥を敬愛するジャパネットたかた創業者の高田明氏と観世流能楽師の武田宗典氏が世阿弥の名言を取り上げ、現代社会を生き抜くヒントをそれぞれの観点から語り合う。3回シリーズの第2回は、ビジネスパーソンにとっても不可欠な教えである「離見の見」「序破急」などを取り上げる。(※「高田」の正式な表記は“はしご高”)

※前回(第1回)の対談記事「世阿弥の名言「初心忘るべからず」の真意、初心は老後にも持つべきものだった!」こちら

相手のことを強く思うのが
客観化する極意

秋山 前回「初心」について、能のテクニックの部分から、広く人生論にまで話題が広がりましたが、今回はまず、『花鏡』に登場する「我見、離見、離見の見」を取り上げます。

「我見(がけん)」は役者自身の視点。「離見(りけん)」は観客が見所(客席)から舞台を見る視点を指します。「離見の見(りけんのけん)」は役者が、観客の立場になって自分を見ること。客観的に俯瞰して全体を見る力です。世阿弥は、観客から自分がどう見られているかを意識しなさいと説いているわけですね。高田さんは、オンラインショッピングで顔が見えない状態で、どのように「離見の見」的にお客様の状況を把握されているのでしょうか。

高田明
高田 明(たかた・あきら)
ジャパネットたかた創業者、A and Live代表取締役
1948年長崎市平戸市生まれ。大阪経済大学卒業後、機械製造メーカーに就職し通訳として海外駐在を経験。74年に父親が経営していた「カメラのたかた」に入社。86年に分離独立して株式会社たかたを設立、代表取締役に就任。90年にラジオショッピング、94年にテレビショッピングに参入し、99年ジャパネットたかたに社名変更。2015年1月、ジャパネットたかたの社長を退任し、同時にA and Liveを設立。17年4月にはサッカーJ2クラブチーム「V・ファーレン長崎」の代表取締役社長に就任、20年1月1日に退任した。世阿弥を敬愛し、『高田明と読む世阿弥』という著書もある。 Photo by Kazutoshi Sumitomo

高田 実はラジオショッピングで、30万円もの商品を5000台売ったことがありました。ラジオもテレビも、オンラインも最近のチャットのやりとりがあるライブコマースも、ツールが違うだけで全部根本は同じです。我見だけでは絶対に伝わらない。一方的にいいでしょうと言っていると、押し付けていることに気づかないこともある。押し付けになると本質は伝わりません。

 常に、どんな媒体でも、どんな場合でも、離見――お客様がどう思っているかということを冷静に考えて、その視点を持って、俯瞰して離見の見で自分を見ることはすべての活動に必要なことだと思っています。政治は国民のため、医療は患者のため、私たちの商売は消費者のためでなくてはならない。能が、観客に何を感じてもらうか、能で何を伝えていくかを考えて演じるのと全く同じだと思います。

 ジャパネットの制作スタジオでもこの語をよく使っていて、スタッフに「離見が足りない」「我見に走っている」と言うと、みんなすぐにわかります(笑)。世阿弥は600年前に、能楽師、役者としてそれを感じていた点が天才的です。

秋山 高田さんのご著書に「話す順番や、空気を読み間違えると、お客様の反応がなくなることを痛感する」とあり、普通の人なら、売り上げデータを見てはじめてよくなかったと思うところを、話している最中も感じていらっしゃるようですね。