4000億円を動かすカリスマファンドマネージャーである農林中金バリューインベストメンツ(NVIC)の最高投資責任者(CIO)・奥野一成氏が出版した『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』が話題になっている。
単なる子ども向けに投資の指南をした本かと思いきや、投資の本質やビジネスパーソンの生き方にまで迫る内容で、「大人こそ絶対に読むべき」という評判が立っているのだ。
日本屈指のビジネス書評家である「ビジネスブックマラソン」編集長・土井英司氏が、奥野氏の真意に迫るスペシャル対談、全3回。(構成/亀井史夫・ダイヤモンド社)
「高い付加価値」が崩れたらどうするか?
土井英司(以下、土井) 『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』で述べられている「構造的に強靭な企業」の3つの要素。これってやっぱりうつろうものだと思うんですよ。例えば当初高かった「付加価値」が低くなったり、逆に高まっていくケースもあると思っています。「参入障壁」に関しても、例えばどんどん参入障壁が高まっていくようなサイクルをつくる会社もあるじゃないですか。「長期潮流」もそうだと思うんですけど、どう変わっていくかという点について、どう見ていらっしゃるんですか。
奥野一成(以下、奥野) まさにそこが、僕たちが毎年同じ会社を訪問しなければならない理由なんです。僕たちが仮説として認識している3つの要素が変化しているのか、していないのかを経営者との対話であったり、工場見学であったりの中で確認することが大事なんです。毎年毎年のミーティングの中で、定点観測的に3つの要素という同じ切り口で異なる質問をしていく。大きな産業の歴史の流れの中で、この3つの要素も変化していくのは当然です。ただ、そういった環境変化の中でも、主体的に競争優位を改善するべく事業投資を行っているのか、事業の付加価値を上げる取組みを継続しているのかがミーティングでのポイントです。例えば工場での生産性の高さに競争優位があると経営者が認識しているとすると、それを高めるために継続的にDX的な投資をしているのか、人材の改善を進めるための教育にどうお金を投じているのか、そういうことを議論することが重要です。それが的外れであったり、あさっての方向に行ってたりすると、この会社、今は競争優位あるかもしれないけども心配だな、となる。そのまた次の年に行ったときに、やっぱり駄目だとなったら、そこの株を売却するという流れになりますね。
土井 例えば「高い付加価値」に関していうと、昔、「メガネのパリミキ」ってめちゃくちゃおいしい商売していた時期があったと思うんです。でも結局、JINとかが参入してきたり、いろんな業種が参入してきて、今すごい苦しいだろうなと思うんです。高い付加価値にあぐらをかいちゃう会社と、改善を続けてそれを維持する会社って、奥野さんから見てどう違うんですかね。
奥野 経営者論的な切り口では、それはやっぱり、現状に甘んじないという経営者の志の高さだし、より分かりやすい言葉でいうなら「負けん気」ですかね。経営者って、そこの部分が強い人じゃないと続かないと思いますね。例えば日本電産の永守さんなんかは絶対に人に負けたくないわけですよ。
土井 負けん気半端ないですよね。
奥野 それこそが、彼のおそらく原動力なんですね。高尚な思いより、ギラギラとしたところのほうが企業を成長させていくと思う。強い会社がずっと付加価値を維持するためには、俺は負けるもんかっていう経営者でないといけない。
土井 まあ、勝っているから付加価値が高いわけですもんね。
奥野 そうですね。そしてそういった気質に加えて、優秀な経営者に必要な能力は「投資眼」です。どの事業に自社の経営資源(ヒト・モノ・カネ)を投下すると最も収益があがるのかを冷徹に見極める投資眼こそが、素晴らしい経営者たちに共通する資質です。経営者は、既存の成功にずっと安住してはいけない。常に見極めていく。自分がやっていることが今も付加価値があるのかと、ずっと問い続ける。例えばテレビをつくっている会社はどんどんアジアに移っていったわけですけれど、70年代の日本では、すごく付加価値のある産業だった。日本でテレビが圧倒的に足りなかったわけですからね。でも、今飽和してしまった中では、本当にそれに価値があるのかを考えないと脱却できない。それと同じことが鉄鋼でも今起こっているし、自動車でももしかしたら起きるかもしれない。
土井 なるほど。その勝ち負けでいうと、ずっと追いかけていた指標が勝っても意味のないものにあるときなってしまうことがあるじゃないですか。僕はダイヤモンド社で、『「超」入門 失敗の本質』という本をプロデュースしましたが、著者の鈴木博毅さんは、「戦略とは追いかける指標のことである」と言っていて、その「追いかける指標」を間違えると勝てなくなると言っている。第二次世界大戦のときのゼロ戦は、とにかく速さと軽さを追い求めていたんだけど、それをアメリカ側が捉えるような戦略をとってきたら無効化されてしまった。だけど、日本はひたすらその速さと軽さだけを指標として追い求め続けて勝てなくなったということを言っている。そういうところって、ちょっと前の日本企業にもあったと思います。指標があるとき機能しなくなるっていうことが多分ある。そこは投資家としてはどうチェックしていくんでしょうか。
奥野 まさにそれこそがですね、「投資目線」なんですよ。「投資目線」を持っている経営者は、追い求める指標を間違ったりしないと思います。もし経営者が追い求めるべき究極的な「指標」を一つ挙げるとするなら、それは「自社の事業が顧客や社会の問題を解決しているのか」というものでしょう。企業の存在意義はそこにしかないと思ってますし、その大義というか原則というものは時代がどれほど移ろっても変わることはない。そこが分かっている経営者は現状に満足せず、自らの事業は本当に付加価値があるのか、を常に見極める努力を続け、絶え間なく事業を変革していきます。このように付加価値のある事業は何なのか、自分が勝てる事業は何なのか、という「何を」のWhatが重要なんです。Whatの部分が、僕は企業価値を決める8割だと思っています。
土井 おー、なるほど。
奥野 自分の事業領域であるWhatを決めた後、そこをどう効率的に運営するのかはHowの部分なんですけど、ここが残りの2割ですね。つまり企業価値を決めるのはWhat:8割、How:2割だと僕は思っています。企業経営というものは常に戦いなのですが、土井さんがおっしゃったみたいに、そもそも戦う場所を間違えると、勝っても意味がないんです。結局、Whatを見極めるというのが投資家の目線なんですよ。自分はどこで戦うのか、どこに投資をするのかを考えるのが投資だと思っています。設備投資にしたって、研究開発の投資にしたって、人的な投資にしたって、どこに会社のリソースを投下するかという問題なので、経営者は全員投資の目線を持っていないといけない。繰り返しになりますが、経営者の仕事の8割は「どこで戦うか」を決めることで、効率的に運営するというHowの部分は残りの2割に過ぎないんです。でも日本の経営者って、どっちかというとHowの仕事が8割になってしまっている。昔から製造してきた「モノ」にこだわって、いかにして、その「モノ」を効率良くつくるかを考える。そこに邁進(まいしん)して、その「モノ」そのものに付加価値があるかどうかを考えずに、つくり続けて、結局転げていくんですよね。典型的なガラパゴス状態です。そうならないためには、資本家的な発想を持っている人が経営者をやったほうがいい。例えば信越化学の金川千尋さんは投資家の発想を持っている人だし、さっきから何回か出ている永守さんも明らかに投資家の目線を常に持っている人。ユニクロの柳井正さんもそうですし、みんな起業家であると同時に投資家なんですよね。
土井 あー、なるほどね。今のお話を伺っていると、伸び続ける会社は、どこで戦うのかという定義が違うような感じがします。さっき話のあった鉄鋼で言ったら、それはもう動かなくて、効率化しか残らないわけですよね。
奥野 はい。でも例えば何千度にもなる高炉で鉄を製造する技術って半端なくすごいんですよ。普通の製造業とは異なるレベルのエンジニアリング能力が求められるんです。
土井 あー、そうですね。
奥野 鉄をつくるっていうことの根幹に、他には真似ができないエンジニアリング能力があるんだとすると、このエンジニアリング能力をコアの強みとして別の事業に展開していけばよいのです。
土井 はあー、なるほど。僕、一回、ある鉄鋼会社の情報システム部に招かれて講演したことがあって。そこで伺った話が、すごい面白かった。高炉は誰も中を見たことがないっていうんですよね。熱すぎて触れないから、全て情報らしいんですよね。センサーとかで全部制御している。
奥野 そうなんです。その技術を鉄以外のことに使ったら、それこそDX(デジタル・トランスフォーメーション)の世界になるわけですよ。
土井 なるほどな。江副浩正さんの評伝で、『起業の天才!』っていう本が最近出たんですが、結局江副さんのやろうとしていた情報システムの話もおそらく理解されなかったんだろうなとすごく思います。日本人って、今まで本業でやってきたものが主流で、それ以外は亜流と考える。新規ビジネスをつくっても、本流にさげすまされるというか、重用されない雰囲気が本当にあるような気がします。
奥野 自動車づくりでも、トヨタが強いのは、車をつくっているからじゃないんです。カイゼン方式という独自の生産技術を磨いたからなんです。トヨタが脈々と磨いてきた生産技術は自動車製造に限らず、様々な製造業に活用することができるレベルだし、その「カイゼン」技法は、製造業にとどまらずホワイトカラーにも十二分に適用できます。今、トヨタ出身の人達が生産技術のコンサルティングサービスの会社を興しているのもそういうことだと思っています。
土井 そうすると、また新しく付加価値の高いところに参入していける流れになるということですよね。
奥野 ええ。だれも追いつけないレベルの競争優位性があれば、いつでも別のものに参入ができる、アメーバみたいな状態ですよね。
農林中金バリューインベストメンツ株式会社(NVIC) 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)
京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2014年から現職。バフェットの投資哲学に通ずる「長期厳選投資」を実戦する日本では稀有なパイオニア。その投資哲学で高い運用実績を上げ続け、機関投資家向けファンドの運用総額は約4000億円。更に多くの日本人を豊かにするために、機関投資家向けの巨大ファンドを「おおぶね」として個人にも開放している。著書に『教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』(ダイヤモンド社)など。