20年、30年の長い指標を見て、「長期潮流」を探る

土井 最後に「長期潮流」について伺いたいと思います。本の中では人口の話が出てましたけど、不可逆なものっていう定義が、僕は本当にしびれたんです。これすごいなと思って。でも長期潮流って、どうやって捉えたらいいんだと皆さん悩むと思う。人口は何となく予測データが出ていますけど、それ以外の部分はかなり難しいんじゃないかな。奥野さん自身は、そういうのを読み解くために、どういうインプットや勉強をされたりしているんでしょうか。

奥野 長期潮流の視点から入って、個別企業を分析するというやり方をトップダウンアプローチというのですが、僕たちはそういう形で企業を選択することは実はあまりないですね。医療機器メーカーを分析してたら、あっ、これ、すごい特徴がある、と気づいて、実はこういう長期潮流があったんだと発見することが多いです。

土井 なるほど。

奥野 医療機器の話でいうと、低侵襲(ていしんしゅう)医療という治療分野があります。例えばテルモさんがやっているカテーテル治療であるとか、オリンパスさんがやっている内視鏡治療ですね。昔であれば、心臓の冠状動脈に狭窄(きょうさく=動脈が狭くなること)ができたりすると、そこを名医がパッと外科手術で開胸して、バイパス手術をしますという話だった。でも今ではカテーテル治療です。手首の辺からパッと入れて、カテーテルが心臓のところに来たらバルーンをポッと膨らませて、血流を確保するみたいな手術です。これを低侵襲医療っていうんです。僕たちはこの低侵襲医療の拡大を長期潮流の一つだと考えてますが、この長期潮流は2つの長期潮流の複合体だという仮説を持ってます。一つは「長生きしたいという長期潮流」。これはもう、6万年前から決まっている潮流です(笑)。

土井 そうですね。

奥野 そしてもう一つの長期潮流は「財政の悪化」なんですよね。高齢化が進んでいくと、必ず財政が悪化するんです。老人の比率が増えれば増えるほど、民主主義国家では彼らの声が大きくなるので、医療費や社会保障費増大は不可逆的な潮流になってしまう。そのため長いタームで見ていくと医療費がずっと拡大していく。つまり「長生きしたいという欲求」と「財政悪化」という不可逆的な2つの潮流が合体して生まれたのが、低侵襲医療拡大という新たな潮流なのです。

土井 なるほどね。

奥野 人が長生きしたいというのは一緒なんですけれど、医療費を抑制しなきゃいけないという大きな流れがあるときに、カテーテル治療だと、小さい穴から入れてバルーンを膨らませるだけだから、1日入院しただけで退院できるわけです。従来通りの開胸手術をしてしまうと、患者は数週間入院しなくてはならないので、患者の身体に負担がかかるだけでなく、入院費や病院の人的費用など国家財政にも大きな負担がかかるのです。それがカテーテルですぐに退院できるとなると、患者にもやさしいし、何よりも国家財政にとってもやさしい。それが相まって、低侵襲医療の拡大という潮流ができる。前の2つの潮流が崩れない限り、低侵襲医療の拡大というのは多分止まらないはずです。

参考記事
この本は、高校生だけに読ませておくのはもったいない!