私の部署で新規プロジェクトの検討を進めていたときのことです。緻密(ちみつ)なロジックを積み上げた、説得力のある事業提案でした。社内の関係者数人から「この方向でいいんじゃない?」と賛成されていたので、何の心配もせずに決定会議に臨みました。

 ところが、「この形で、進めていいですよね?」と念を押すと、これまであまり接触のなかった人物が「ほかにこういうやり方があるんじゃないか?」と発言。その発言に呼応して「そうだね、今そのプロジェクトに決定するのは拙速(せっそく)かもしれない」という声が上がると、賛成していたはずの人たちまでもが「確かに……」と同調し始めたのです。結局、事業部長が「次回、複数の提案を持ち寄って再度検討する」と発言。私の抗弁(こうべん)もむなしく、あっという間に保留となってしまったのです。

 結果は最悪。他部門のプロジェクトが採用され、私の提案は却下。裏切られたような思いのなか、自分のプレゼンスの弱さを思い知らされました。それに、これまで一緒に汗をかいてくれた部下の信用も失う……。打ちひしがれるばかりでした。

 このような経験を、私は何度もしました。

 そして、否応なく社内政治と向き合うようになっていったのです。

「政治力」とは何か? 『大辞泉』(小学館)には、「自分や相手の立場をうまく利用して巧みに物事を進めていく力」(傍点筆者)と記されています。周囲を見回すと、できるマネジャーは、部下を掌握(しょうあく)し、上司や上層部の信頼を獲得し、社内横断的なキーパーソンのネットワークもつくっている。そして、社内の利害関係を巧みに調整しながら、「自分が正しいと思うこと」を実現しているのです。

 社内には常に対立する利害があります。経営陣は利益最大化をめざしますが、一般社員は働き甲斐を求めます。開発部門は潤沢(じゅんたく)な予算を使ってクオリティを追求しますが、経理部門は経費削減を求めます。限られた予算・人員などのリソースや有力なプロジェクトを、自分の部門に引っ張ろうと競い合います。そのような、複雑な利害関係を巧みに調整しながら、自分の部署の実績を上げ、プレゼンスを獲得していく。この「政治力」こそが、マネジャーにとって最も重要な能力だと気づいたのです。