まるで人が飛び出してきそうな相関図
寺田:『哲学と宗教全史』の前後の見返しには「古代ギリシャ時代から現代まで、3000年にわたる哲学者・宗教家の人物相関図」の3つ折りフルカラージャバラが入っています。
あそこは、編集の僕のこだわりです。この本をつくっていて一番感じたのは、どんなにえらい人でも最後は必ず死ぬということ。だから今、この瞬間を面白く生きようと思いました。
ダイヤモンド社書籍編集局第三編集部編集長
おもな担当書籍に、ダイヤフェア2021にもノミネートされた『哲学と宗教全史』(ビジネス書大賞2020特別賞、14刷11万部)『ザ・コピーライティング』(広告の父・オグルヴィ絶賛、25刷11万部)『志麻さんのプレミアムな作りおき』(料理レシピ本大賞入賞、22刷18万部)など。1998年から書籍編集をはじめ、全150冊(うち処女作26冊、最新処女作は『売上最小化、利益最大化の法則』)、生涯重版率8割。野球歴14年。「技術と精神がドライブがかった本を、孫の世代まで残る百年書籍を、光のあたらないところに光があたる処女作を」が3大モットー。
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この本の面白いところは、カントやルソーなど哲学者や宗教家の人間像に迫っているところです。原稿を整理しながら「この哲学者は、本当に幸せだったのかな」と自問自答していました。通り一遍の哲学と宗教の歴史ではなく、人間カント、人間ルソーを描きたかった。出口さんの体温と息吹が伝わる文章の触媒として肖像画と系図が入ったら、冷たく感じられる哲学と宗教もダイナミズムを持って温かく受け入れられるのではないかと。そういう意味で生没年を必ず入れました。誰がどこからどこまで生きて、この人物とあの人物は同時代人だったのか! というワクワク感も出したかったので。
そこで出口さんに無理難題をふっかけ、人物相関図を書いていただいたのですが、出口さん、本当にすごい。その場で辞典類を一切見ずに、一気に系図を書かれる瞬間を見たとき、これは僕が求めていた本が出来上がると確信しました。だから日々ウキウキ・ワクワクしながら編集できたので、よく「この本、大変だったでしょう」といわれるのですが、まったくそんなことはなく、疲れなんてどっかに飛んで行ってしまった。左脳としての体温が上がる文章、右脳としての人物相関図。この人物相関図が、読者の左脳と右脳をつなぐ脳梁という架け橋になってほしいという願いをこめて出口さんとつくりました。
百々:まるで人が飛び出してきそうな人物相関図ですね。あれはすごい。
出口さんがこれまでその人になりきりながら読書をしてきて、肚落ちしたその人となりや性格を、「憎しみ合っていた対立関係」「胸襟を開いた友好関係」等の相関図で伝えてくれるので、人物の「息吹」や「血脈」まで感じられる。寺田さんの話を聞いてよくわかりました。僕はきっと、そこに感情移入してしまったのだと思います。
僕も含めて、一般の方々はそういった面白い「人物相関図」をまったく知らないまま、歴史上の人物名や戦争名だけを単語として知っているだけのことが圧倒的に多いですね。
寺田:僕もそうでした。
百々:名前を聞いたことがある人物であればあるほど、自分の中でつくってきたその人物像はあっても、その人物が語り出すことはない。だけどこの本では、人の息吹まで感じられる。だから「人が飛び出してきそうな」人物相関図になっているのだと思います。
出口:それは僕の本の読み方と性格のようなものでしょう。
たとえば、僕は「織田信長(1534-1582)、豊臣秀吉(1537-1598)、徳川家康(1543-1616)がいて、もし自分の上司がこの3人しか選べないとしたら、自分なら誰に仕えるだろうか」という読み方をするので。
寺田:そうなんですか。ちなみに、出口さんは3人の中で誰に仕えるのですか?
出口:瞬時に「信長」と答えます。
信長は合理的な人なので、僕の意見を聞いてくれる可能性が高い。
たしかに喜怒哀楽は激しいですが、実は失敗が原因で信長に殺された部下一人もいません。だからもし僕が家臣で失敗しても、高野山へ追放ぐらいになりそうです。高野山は住みやすそうだし、精進料理もおいしそうなのでいいじゃないですか。
もし信長なら、機嫌がいいときにいろいろ提言して、機嫌が悪そうだったらお手洗いへ行っていればいい。わりと仕えやすいと思います。
秀吉は、秀次を処刑した三条河原の公開処刑のように、一族皆殺しにしますので、ちょっと嫌ですね。
家康は、愛知の岡崎という小さな場所にいましたが、殿様なので「徳川四天王」のような古くからの家臣団に意外とずっと大切に育てられてきた。これでは僕のような新参者は家臣になっても全然偉くなれないからやめておこうとなるわけです。
百々:今回改めて、出口さんの本の読み方が、面白く書く力、読ませる力の基礎にあることを確認できました。『哲学と宗教全史』は、登場人物がみんな呼吸している感じがするのと同時に、その時代や民衆の空気感もものすごく伝わります。
寺田:たしかにそうですね。
百々:世界史で「この事件を受け、彼はこう動いた」という記述の本は多いですが、出口さんは「この事件があって、彼は焦ったのではないか」という語り方をします。
「そのとき、その人は何を感じていたのか」という書き方は、出口さん独特です。
それによって、登場人物の体温や息吹が感じられる。普段からそういう見方や読み方をされているので、頭の中に人物相関図が「物語」として入っているのですね。
寺田:おっしゃるとおりですね。出口さんは「この時代に生きてきたから、この人はこういう思想になった」と書かれます。
僕が世界史の授業で習ってきた1789年「フランス革命」、1776年「アメリカ独立宣言」も、この本の前後の見返しにある「近代から現代までの哲学者・文人相関図」の中で、ジョン・ロック(1632-1704)、シャルル・ド・モンテスキュー(1689-1755)、ジャン=ジャック・ルソー(1712-1778)、エドマンド・バーク(1729-1797)、トマス・ペイン(1737-1809)らの思想家がどんな影響を及ぼし合いながら、フランス革命や独立宣言に影響を与えたかを図解しました。矢印がまたがっているのをどう一枚の絵で表現するか、かなり苦心しましたが、これも出口さんの手書き図が母体となっています。登場人物の息吹や体温を感じられられたなら、編集としてとても嬉しいです。
百々:「人の見方」までわかる本は、出口さんにしか書けませんね。
出口:いや、単に、中学時代から続いている読み方の癖のようなものの結果と思いますが。恥ずかしいですね。
過去の僕の『哲学と宗教全史』全連載は「連載バックナンバー」にありますので、ぜひご覧いただき、楽しんでいただけたらと思います。
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