徳川家光の「やばい」:
怒り方がこわすぎて死人が出る
徳川家光は女性にあまり興味がなく、若いころから男性の恋人が多数いました。しかし、家光は嫉妬深いうえに怒ると超こわかったため、たびたびトラブルが起きています。
家光16才のときの恋人は坂部五右衛門という小姓でした。主君のお風呂のお世話をするのも小姓のお仕事のひとつですが、五右衛門は家光のお風呂の時間にほかの小姓にちょっかいをかけてしまったのです。
これは家光の嫉妬基準では完全にアウトだったようで、その場で「無礼である!」と五右衛門を斬り捨ててしまったそうです。
事件はふたたび……
五右衛門事件の4年後。家光は酒井重澄というイケメン小姓にメロメロで、いきなり2万5千石の大名にするなど露骨にひいきしていました。
でも、重澄のほうは家光があまり好きではなかったのか、「病気になったので自宅で休みます」と言って家光のそばを離れてしまいます。
これで話はおしまい……ならよかったものの、その後重澄に4人も子どもが誕生していたことが家光にバレてしまったのです。「病気と言ってたのに元気じゃないか!」と怒った家光は、重澄の領地を没収してしまいました。
将軍の権力を駆使したパワハラです。重澄はショックで自らご飯を食べることをやめ、自害したと伝わっています。
(本原稿は『東大教授がおしえる さらに!やばい日本史』(本郷和人監修)からの抜粋です)
東京大学史料編纂所教授。東京都出身。東京大学・同大学院で石井進氏・五味文彦氏に師事し日本中世史を学ぶ。大河ドラマ『平清盛』など、ドラマ、アニメ、漫画の時代考証にも携わっている。おもな著書に『新・中世王権論』『日本史のツボ』(ともに文藝春秋)、『戦いの日本史』(KADOKAWA)、『戦国武将の明暗』(新潮社)など。