夫のささやかな日常は
妻にとって許しがたき挑戦的敵対行為

「夫が交換の手間から逃げるためにちょい残しをする、というのはたしかなはずだけれども、それに加えて、『夫は交換が必要なものを交換しなくても平気な人種なのだ』ということがわかってきた」

 夫はテレビのリモコンの電池がなくなるとテレビ本体で操作した。電球が切れても夫は暗闇の中スマホのライトでしのいだ。

 正直、これくらいのことは筆者もやる。そしてあるとき「いよいよ替えるか」と重い腰を上げて、交換に着手するのである。ご同様の人は多いのではあるまいか。

 しかしAさん夫妻の間ではこれが、特にAさんの中でいったん“戦い”として認識されているから、日常のささやかな諸々が全て敵対行為として映ってしまうのである。

 厳密には“ちょい残し”ではないが、本質的には同種に属する戦いは他の家事にも及んだ。もっとも熾烈(しれつ)だったのは洗濯物である。

「平日は洗濯機を夜に回して干す。一応当番があったが、段々気が付いた方がやる、といった形になってきた。戦いのポイントは『どちらが干すか』で、夫が洗濯機を回すだけ回して寝てしまうことがあり、これをやられると『やられた!押し付けられた!』と憤慨した」

 夫はもしかしたら、ただ忘れて寝てしまっただけなのかもしれない。しかしこれも、Aさんには許しがたき挑戦的敵対行為である。かといって夫が信頼できないのでAさんも同じことをやるわけにはいかない。最悪、洗濯物が干されぬまま洗濯機内で一晩眠ることになる。

 チキンレースにも似た我慢比べはしばらく続いたが、ゴミ袋の交換を巡って夫妻が「パンパンになっても交換せず詰め込んでいく」という黒ひげ危機一髪的な無言の戦いを繰り広げていた際、Aさんが当たりを引いた。ゴミ袋が裂けてしまったのである。

「裂けさせてしまうくらいなら、やはりその前に私が代えるべきだった。悔しいが、夫にはかなわないと痛感させられた出来事だった」(Aさん)

 勝敗は決したが(はたして夫に「戦っていた」自覚があったのかはわからないが)、Aさんのストレス要因は解決されることなく残っている。Aさんは離婚を視野に入れつつ、夫が新婚当初のような思いやりある生活を取り戻してくれるという、かすかな希望を胸に抱いているそうである。