リモートワークが長期化している今、わかりあえない上司と部下の「モヤモヤ」は最高潮に達している。さらに、経営層からの数字のプレッシャーが高まる一方で、部下にはより細やかなマネジメントが求められる。仕事を抱え込み、孤立無援のマネジャーたちの疲弊度も限界にきているだろう。
今回、「HRアワード2020」書籍部門 最優秀賞を受賞した『他者と働く』著者・宇田川元一氏が最新刊『組織が変わる――行き詰まりから一歩抜け出す対話の方法 2 on 2』が大きな話題となっている。1987年から続く「一読の価値ある新刊書を紹介する」書評専門誌『TOPPOINT』でも、
職場に活気がない、新しいアイデアが生まれない…。このように組織が硬直化し、“閉塞感”が漂う企業は少なくない。こんな状況を変えるには、『対話』が必要。著者はこう指摘し、4人1組で行う、新しい対話の方法『2 on 2』を紹介する。表面的な問題の裏にある真の問題を明らかにし、改善を図る画期的な方法だ!」と絶賛。最新6月号のベスト10冊に選抜された。
さらにこんな感想も届いている。
早速夜更かししそうなくらい素晴らしい内容。特に自発的に動かない組織のリーダーについてのくだりは!
読み始めていきなり頭をパカーンと殴られた。慢性疾患ってうちの会社のこと? すべて見抜かれている
『他者と働く』が慢性疾患の現状認識ツールなら、『組織が変わる』は慢性疾患の寛解ツールだ
言語化できないモヤモヤの正体が形になって現れる体験は衝撃でした
職場に活気がない、会議で発言が出てこない、職場がギスギスしている、仕事のミスが多い、忙しいのに数字が上がらない、病欠が増えている、離職者が多い……これらを「組織の慢性疾患」と呼び、セルフケアの方法を初めて紹介した宇田川氏。我々は放置され続ける「組織の慢性疾患」に、どんな手立てを講じられるのだろうか。著者の宇田川氏を直撃した。

名前をつけるPhoto: Adobe Stock

浦河べてるの家の
「当事者研究」

 浦河べてるの家の「当事者研究」とは、精神障害を持って生きる人たちが自分たちの病気について、病気の当事者として研究するものです。

 これは、様々な障害を持つ当事者や支援者の間で広がっており、これまでにも多くの研究がなされています。

 形式的には、まず自分の病気や困りごとに、医師ではなく自分自身で名前をつけてキャラクター化します。その病気がどんなときにやってくるのか。そのときどんなことを言ってくるのか。どんなときに自分に協力してくれるのかなどを自分自身でテーマを持って研究し、みんなで話し合うのです。

 当事者研究の哲学を研究している東京大学の石原孝二教授は、『当事者研究の研究』(医学書院)で、研究といっても科学的な方法に基づくものではなく、「事象や実践に対して、そこに没入することなく、観察的・認識的な態度を取ること」であり、「事象に対して能動的に働きかけ(実験を行い)、その結果を観察することによって認識を得るということも含まれる」と説明しています。

 研究というと、科学的に厳密な方法に基づいて行うイメージがありますが、そうではなく、自分に起きたことを対象化して眺める意味合いがあります。

 また、精神障害の当事者は病気を持っていて、治療をするのは医療者の仕事というのが一般的な理解だと思います。

 確かに、医療者は病気についての専門知識がありますが、その人の生活の中で病気がどのような意味合いを持っていたり、どのようなことが起きたりしているのかの専門家ではありません。つまり、障害を持つ本人が、自分に起きている病気について研究するのが当事者研究の大きな特徴です。

「幻聴さん」と名前をつける効果

 そのときに行うのが、病気に名前をつけること。

 名前をつけることで、人と問題を切り離すことができます。

 統合失調症などの場合、幻聴や幻覚、妄想などが特徴的ですが、自分の抱えている幻聴について、「幻聴さん」と名前をつけることで、問題と自分との間に少し距離を取って眺めることができます。

 すると、幻聴さんが「どんなことを言ってくるのか」「どんなときに落ち着いてくれるか」「どんな形をしているか、それはどんなときに変わるか」など、疾患症状としての幻聴よりはるかに彩り豊かな観察ができるようになるわけです。

 また、浦河べてるの家の当事者研究には、問題を解決すべきものではなく歓迎する観点から捉え直す「主観・反転・“非”常識」という標語があります。

 表面化した問題の背後には、もっと切実な困りごとがあり、それを表現するために問題が出てきていることがよくあります。

 浦河べてるの家のもう一つの標語に、「病気はあなたを助けにきている」というものがありますが、病気として表面化したこと自体、必ずしもネガティブなことではなく、反転的に意味ある出来事だというわけです。

「反転の問いかけ」の効果

 この本では、この考え方を応用し、「反転の問いかけ」を考えてみました。

 反転の問いかけとは、問題をもっと悪化させたり、別な人でも同じ障害を持てるようになるにはどうしたらいいか、と考えることです。

 前回と今回紹介した2つの方法は、確固たる思想に裏打ちされています。

 この2つの方法と背後の思想からは、どこかに問題に対する正しい答えがあるという考え方の限界と、一方で対話することを通じて、そんなやっかいで複雑な問題にも糸口が見つけられるということが見えてきます。

 なかなか解決できない難問については、対話的アプローチを試してみる価値があります。

 なにはともあれ、まずは企業で実践することが大事ではないかと思います。

 2 on 2はあえてシンプルに、互いの話を聞き合いながら、交代するターンの設定について時間を明確に決め、反転の問いかけを入れ込むようにしました。

 企業現場のみなさんとともに、さらにもっとよい方法を開発していきたいと思います。

宇田川元一(うだがわ・もとかず)
経営学者/埼玉大学 経済経営系大学院 准教授
1977年、東京都生まれ。2000年、立教大学経済学部卒業。2002年、同大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。2006年、明治大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得。
2006年、早稲田大学アジア太平洋研究センター助手。2007年、長崎大学経済学部講師・准教授。2010年、西南学院大学商学部准教授を経て、2016年より埼玉大学大学院人文社会科学研究科(通称:経済経営系大学院)准教授。
専門は、経営戦略論、組織論。ナラティヴ・アプローチに基づいた企業変革、イノベーション推進、戦略開発の研究を行っている。また、大手製造業やスタートアップ企業のイノベーション推進や企業変革のアドバイザーとして、その実践を支援している。著書に『他者と働く――「わかりあえなさ」から始める組織論』(NewsPicksパブリッシング)がある。
日本の人事部「HRアワード2020」書籍部門最優秀賞受賞(『他者と働く』)。2007年度経営学史学会賞(論文部門奨励賞)受賞。