マネージャーが自然と自己開示できるような機会を
永田 御社では、複数人数である“多対多”で対話する場も意識的に増やしているそうですね。それも内省支援と関わってきますか?
桜井 直接的な内省支援というよりも、内省を促すベースになる信頼関係づくりに役立っています。というのも、担当者の時代に優秀だった人ほど、「マネージャーはこうあるべきだ」という思い込みが強く、「鎧」を着込んで部下が自己開示しづらい雰囲気をつくってしまいがちです。それでは、しなやかさのない硬直的な組織になってしまいますので、まずはマネージャー自身が自然と自己開示できるような機会を各組織でつくっていく必要があると考えています。ただ、1on1では自己開示しづらいこともありますよね。そこで、最近では“多対多”の場を設けることで、マネージャーも鎧を脱ぎやすい雰囲気をつくるよう、各職場に促しています。
菊地 もともと、当社は新入社員に先輩がメンターとしてサポートする「SP制度*4 」というシステムなど、1対1の関係性を強化する役割としての仕組みは整っていました。ただ、ここまでリモート環境が進むと、1対1で、特定の誰かが一人を見ているだけでは組織が回らなくなってしまうこともあります。多対多で、複数のメンバーがお互いに見守り合っているという安心感があってこそ、一人ひとりのパフォーマンスは上がりますから。もちろん、自発的に1on1を行う分には良いのですが、(1on1は)魔法の杖ではないので、頼り切るのは危険です。1on1そのものが目的化しないように、時には多対多でコミュニケーションを図っていくことも大切だということを伝え続けていきたいですね。
*4 同じ職場の先輩が育成担当社員として、原則1年間、マンツーマンで新入社員の指導・相談にあたる制度(SPとは「SenPai」の略)。
永田 “多対多”の具体的な事例を教えていただけますか?
菊地 ある営業支社ではSP制度を越えて、新人同士も先輩同士も含めたすべての社員がフィードバックし合うという、役割にとらわれない関係をつくっています。タテ・ヨコ・ナナメであらゆるメンバーが繋がっているため、特定のメンバーが異動で入れ替わっても変わらない、組織文化として定着しているという点でも非常に良い事例ですね。
桜井 全社的には数年前から年に数回、「Discovery Time」という対話の場を設けています。マネージャーも含め、職場全員でなりたい姿を語り合いながら自己開示し、今後のありたい働き方などを一緒に模索していくような機会です。お互いの自己開示をサポートするツールとして「Discovery Cards」という、50の価値観が1枚に1つずつ記載されているカードも用意しています。活用の仕方はさまざまあり、たとえば、ババ抜きのようにお互い手札を引き合いながら、自分がしっくりくる価値観の書かれたカードを残していきます。最終的に自分の手元に残るものが自分の大切にしたい価値観になるわけですが、「なぜ、そのカードを残したのか?」を背景とともにメンバーと共有していきます。こうしたプロセスを通じて、お互いの価値観を知り合うこと、従来以上に同僚について関心を持つこと、それが互いに内省を促し合うための信頼関係のベースとなっていきます。
永田 内省支援の技術を磨くことだけではなく、信頼関係を深めることにも力を入れていらっしゃるのですね。経験学習を回すには、経験したことを自身の教訓にする「教訓化の壁」もあります。そこでは言語化が求められると思うのですが、上司は部下の言語化をどのようにサポートしているのでしょう?
菊地 部下の言語化をサポートする際に難しいのは、内省サポートと同じく、上司が答えを示してしまいがちだということです。「私はこう感じたけれど、どう?」などとアイデアを出してあげられるといいですね。それが刺さるかどうかは分かりませんが、そのような接し方を心がけてほしいということは、マネジメント研修などでもたびたび伝えています。ここは、やはり、訓練が必要ですね。上司は、「アイデアが見当外れだったらどうしよう」という不安を解消しなければならないし、部下はそのアイデアが刺さらなければ「それは違います」と言えることが大切だと感じます。お互いに歩み寄らないと、教訓化は難しいでしょう。
桜井 上司にとっては、自分が受け手側として実際に経験してみることも大切なので、マネージャー同士でのロールプレイング等の機会を設けて効果を実感してもらっています。そうすることがマネージャー自身が取り組むうえでの腹落ち感にもつながると考えています。
>>マネージャーが気持ちに余裕をもって部下と働き続ける方法に続く
聞き手●永田正樹 Masaki Nagata
ダイヤモンド社HRソリューション事業室部長 兼 ダイヤモンド・ヒューマンリソース取締役。博士(経営学)、中小企業診断士、ワークショップデザイナーマスタークラス。「アカデミックな知見と現場を繋ぎ、人と組織の活性化を支援する」をコンセプトとし、研究者の知見をベースに、採用・育成・定着のスパイラルをうまく機能させるためのツールやプログラムの開発に携わる。また、企業のOJTプログラムや経験学習の浸透のためのコンサルテーションも行っている。
*当インタビューは、新型コロナウィルス感染症に対する万全な予防対策のうえに行われました。被写体は、撮影時のみマスクを外しています。