360度フィードバックはマネージャーへの“ギフト”

永田 御社では、主任以上の社員を対象に360度フィードバックを長年続けていらっしゃいます。近年、その内容をアップデートされたと伺いましたが、こちらもマネージャーの心理的負担の軽減と関連しているのでしょうか? 

桜井 これまでは、「あの人は課長なのだから、もっとこうあるべきだ」など、あるべき姿・役割と本人の現状とのギャップを指摘するような評価が中心だったのですが、「よりポジティブなメッセージを含めて“ギフト”として相手に贈る」という位置付けに力点を置くこととしました。その結果、質問の観点自体は変更していないにもかかわらず、回答されてくるフィードバックが相手の成長を建設的に思いやるようなメッセージに変わってきたのです。

永田 位置付けを変えただけで、フィードバックの質が大きく変わったのですか?

桜井 それだけではなく、“多対多”のDiscovery Timeなどで、相手のことをより深く理解し、「なぜ、そのような言動になるのか?」というところに思いを馳せる習慣がついてきたことも、変化の要因のひとつなのだと思います。この2~3年で360度フィードバックの質が向上したと感じています。

菊地 フリーコメント欄がすごく良くなりました。質問を単に「改善してほしいこと」という問いから「こうすればもっと良くなること」「感謝していること」といった前向きな聞き方に変えたところ、面と向かってはなかなか言えない相手の素敵な一面や感謝していることなどを書いてくれるようになったのです。さまざまな取り組みを通じて「相手の成長にとって大切なことは何なのか」ということを考える時間が増えたからでしょう。

桜井 誰もがさまざまなことに不安を感じているこの変化の時代に、組織とそのメンバーを活性化していくためには、核となるマネージャーに心理的な余裕をもってもらうことが何よりも重要だと思うのです。心に余裕があればこそ、メンバー一人ひとりの個性と多様性をしっかりと受け止め、生かすことができる。マップにしても、新たな360度フィードバックの方法にしても、マネージャーを支援するという点で、今後も大きな効果を見込めるのではないかと思っています。また、マネージャーが自らの状態を定量的に把握するためのサーベイを、このマップをベースに開発して、今後展開していく予定です。このサーベイは、あくまで会社主導ではなく、希望するマネージャーに自身のマネジメントの状態を知るための可視化ツールとして活用してもらいたいと考えています。つまり、当社における、育て上手のマネージャーと自分のスタイルや状況を比較することにより、内省を促すことを目指していきます。

永田 働き方の改革は言うまでもありませんが、マネージャーが気持ちに余裕をもって働く姿を社員が見ることで、さまざまな事情を抱えた社員がマネージャー職に挑戦したいという思いを抱かれるかもしれませんね。

桜井 まさに、そこも期待したいところです。たとえば、「具体的に何が大変なのかわからないけれど、あんなにつらそうな顔をして働くことになるなら、とてもじゃないけれどマネージャーの仕事とライフイベントは両立できない」と感じている女性社員がいるとすれば、マップによって役割の全体像が把握できること、そして、マネージャー自身の働く姿が変わっていくことが、マネージャー職をより肯定的に考えるきっかけになるかもしれません。マネージャーの心理的負担を軽減することが、結果的に多様なマネージャーを生むことに繋がり、その循環が多様性を生かす企業としての土壌をつくっていくのだと思っています。

永田 個人が経験から学ぶためには、経験を振り返り、教訓を引き出す「内省(リフレクション)」が欠かせません。経験学習の効果は内省によって影響を受けると言われているなか、御社の人材育成施策のなかに、内省を促すさまざまな仕掛けが組み込まれていることが印象的でした。本日はありがとうございました。

永田正樹

聞き手●永田正樹 Masaki Nagata

ダイヤモンド社HRソリューション事業室部長 兼 ダイヤモンド・ヒューマンリソース取締役。博士(経営学)、中小企業診断士、ワークショップデザイナーマスタークラス。「アカデミックな知見と現場を繋ぎ、人と組織の活性化を支援する」をコンセプトとし、研究者の知見をベースに、採用・育成・定着のスパイラルをうまく機能させるためのツールやプログラムの開発に携わる。また、企業のOJTプログラムや経験学習の浸透のためのコンサルテーションも行っている。

*当インタビューは、新型コロナウィルス感染症に対する万全な予防対策のうえに行われました。被写体は、撮影時のみマスクを外しています。