4年前の勢いはどこへ?
中身も注目度も残念な新党

 だが、4年前の希望の党はそうではなかった。9月25日、安倍晋三首相(当時)の臨時記者会見が噂されるこの日、初当選から2年目に入ったばかりの小池知事は、上野動物園のパンダの命名会見に続き、新党の旗揚げを自ら高らかに宣言した。その後の「排除発言」で大失速したとはいえ、あのとき、小池知事には底知れぬ怖さと勢いがあった。

 では、今はどうか。都民ファの特別顧問である小池知事は、国政復帰を事あるごとに否定し、自ら前面に出ることを避けて、都民ファ代表である子飼いの荒木千陽都議を“遠隔操作”して党の代表に据えたにすぎないのではないか。

 小池知事は、今回の新党立ち上げには「関知していない」と発言するが、3日の会見に臨んだ荒木都議は「党名は小池知事と共に決めた」と明言、党の運営も小池知事に相談しながら行うという。小池知事がどう取り繕おうと、国政政党「ファーストの会」は「小池新党」という性格を帯びてしまう。大コケした希望の党に続く「小池第2新党」と言うべきだろう。

 だが、ここで大きな疑問が湧く。小池知事の国政復帰願望は関係者の間では周知の事実だが、大願成就にはクリアすべき条件がある。

 ひとつは新型コロナウイルスの感染状況のある程度の収束、もうひとつが国政の状況である。この2つの条件がそろわなければならない。今が果たしてその時期なのだろうか?

 感染拡大局面で都知事の座を投げ出すのは、いかに鉄面皮な小池知事でも、都民の批判が恐ろしくてできなかったはずだ。それが幸運にも、東京都内の新規感染者数は急減し、ほぼ1年前の水準まで低下した。第一関門は突破だ。

 しかし、政治状況で狂いが生じた。小池知事にとっての最善は立憲民主党と同様、菅内閣のまま破れかぶれで衆院選に突入することだった。そうすれば、自民党内の不平不満が爆発して小池待望論が湧き上がり、満を持して登場することが可能だった。

 だがそれも、岸田政権の誕生で水泡に帰した。小池知事が「菅のバカっ…」と心の中で叫んだかどうかは定かではないが、とにかく、小池知事にとっては実に中途半端で悩ましい状況が出現してしまったのである。