インクルーシブな社会が生むソーシャル・キャピタル
コロナ禍で、学外からの来場はなかなか難しい状況だ。密を避けるために、特別支援学校の生徒や家族も集団で訪れないように気をつけているという。
そうしたなか、展覧会を訪れた保護者たちは我が子の絵画が作品として飾られていることを喜び、作者である生徒たちもうれしい気持ちを隠さない。
「生徒たちにとっては自分の絵が展示されるのは初めての体験です。壁に画びょうで貼り付けただけの校内展示と、計算された展示はまるで違います。なぜ、このスペースにこの作品を置くのか、なぜ、こういう展示方法なのか……そうした熟考を経て、ひとつひとつの作品に光を当てています。実は、今年度の実習生のうち、アート系の学生は1人しかいません。他の学生は音楽の専門だったり、心理学の専門だったり、社会科学系の専門だったり、と、博物館は自然系も歴史系もありますから、当然、学芸員資格を目指す学生の志向もさまざまです。展覧会で絵画しか扱わなければ、モチベーションの下がる学生がいそうなものですが、特別支援学校の生徒たちの作品を扱うことについてはみんながすごく前向きでした」(津田氏)
誰が、何をテーマにして、どういう作品をどこで展示し、誰に見てもらうか。博物館学芸員資格の取得を目指す学生(実習生)が、特別支援学校の生徒たちの描いた絵画を対象にして、津田さんをはじめとする教育関係者とともに創った展覧会。そして、会場を訪れ、作品に出合い、何かの気づきを得る人たち――インクルーシブな社会が生むソーシャル・キャピタル(社会関係資本)の好循環だ。
神戸大学国際人間科学部のキャンパスは六甲山の中腹にある。
取材を終え、陽が落ちた時間に校門を出ると、六甲おろしを思わせる北風が細かい雨を運んできた。新神戸駅に着く頃には大粒の雨がいくつもの水たまりを作っていたが、そのリズミカルな雨音に、晴れのち雨、雨のち晴れが繰り返される日々の価値を想った。
※本稿は、現在発売中のインクルージョン&ダイバーシティマガジン「オリイジン2020」からの転載記事「ダイバーシティが導く、誰もが働きやすく、誰もが活躍できる社会」に連動する、「オリイジン」オリジナル記事です。