多様性の時代に「マイノリティデザイン」という考え方が生まれた理由

声の大きい人や自信にあふれた人が「強い者」として胸を張る。そして、マジョリティという「数の力」が物事の優劣を決める。そんな時代が終わろうとしているかのように、権威ある立場の人たちが失脚していく様子を目にする。そうしたなか、「強くありたい」と誰もが願った時代の終焉を象徴するかのように、今年2021年3月に出版された一冊の本がある――『マイノリティデザイン 弱さを生かせる社会をつくろう』(ライツ社)。本書の冒頭にはこんな一節がある。「あなたが持つマイノリティ性=『苦手』や『できないこと』や『障害』や『コンプレックス』は、克服しなければならないものではなく、生かせるものだ」。コピーライターであり、世界ゆるスポーツ協会代表理事である、著者の澤田智洋さんにその真意を聞かせてもらうと、ダイバーシティが叫ばれる現代に本書が生まれた必然性が見えてきた。(ダイヤモンド・セレクト「オリイジン」編集部)

*本稿は、現在発売中のインクルージョン&ダイバーシティ マガジン 「Oriijin(オリイジン)2020」からの転載記事「ダイバーシティ」が導く、誰もが働きやすく、誰もが活躍できる社会」に連動する、「オリイジン」オリジナル記事です。

日本ではバイアスがかかる「マイノリティ」という言葉

 ダイバーシティ社会の中でよく耳にする「マイノリティ」という言葉について、澤田さんは書籍にこう記述している。

そもそも「マイノリティ」と聞いて、どんなイメージを持つでしょうか。身体障害者、LGBTQ、難民……。定義自体が多義的で、その捉え方は人によってもさまざまですが、僕はいくつものプロジェクトを進めながら、マイノリティとは「今はまだ社会のメインストリームには乗っていない、次なる未来の主役」だということに気づかされました。つまりマイノリティとは、「社会的弱者」という狭義の解釈ではなく「社会の伸びしろ」。苦手、できないこと、障害、コンプレックス……人はみな、なにかの弱者・マイノリティである。 僕も、もちろんあなたも。マジョリティとマイノリティは、人工的な線でスパッと分けられるものではなく、むしろすべての人の中に、両者は共存していたんです。

(本書より)

澤田 ライツ社の大塚さんから1年半ほど前に、「クリエイティブの本を出しませんか?」という提案をいただきました。まだその時点では、「マイノリティ」というワードを打ち出すことは決めていなかったのですが、実は、「マイノリティデザイン」という言葉自体は、僕がこの6年間くらいの活動の中心に据えてきた言葉なんです。

 だから、僕と一緒に仕事をしている人は知っている言葉だし、講演会でも話すことがよくあります。ただ、メディアで語ってしまうと、「誤解して伝わるのでは?」という恐れがありました。つまり、マイノリティの方への救済ビジネスや便乗ビジネスみたいに見られてしまうのでは?と。ただ、「マイノリティデザイン」という考え方自体を僕はとても気に入っているし、一冊の本なら正しく伝えられるのではないかということで、「このタイトルでいこう!」となりました。

書籍:マイノリティデザイン

マイノリティデザイン 弱さを生かせる社会をつくろう

澤田智洋 著
ライツ社 刊(2021年3月)
1700 円+税

編集者・大塚啓志郎(ライツ社)さんが語る「マイノリティデザイン」
著者の澤田さんに最初にお願いしたことは、「モノを作ったり、企画やアイデアを出す人に向けて書いてください」ということでした。広告会社でどこか虚しさを抱えながらもバリバリ働いていた澤田さんは、「息子さんの目が見えない」とわかったことをきっかけに、仕事の舞台を広告業界から福祉の世界へスライドさせました。そこで初めて、「自分の持っている職能が生かせることを実感した」と言います。いま、あらゆる業界の作り手たちが疲弊している。自分たちが「マス」向けに生み出しているものは、「バズ」が起きたあとはすぐに弾けて消えてしまう。それは、まるでシャボン玉を無限に作り続けているかのよう…でも、もっともっと作りがいのある仕事が、マイノリティを起点にした視界にはある――それを知っていただくことがこの本の目的のひとつです。

 世間には、「マイノリティ」という言葉を目にするだけで過剰に反応してしまう風潮があるのはたしかだ。しかし、満を持して世の中に送り出した書籍「マイノリティデザイン」は、発売からわずか10日で重版が決定。発売月の3月末には3刷も決定した。

澤田 そもそも、「マイノリティ」というワード自体に嫌悪感を持つ人もいます。「弱者」という言葉もそうですね。僕がやっている活動のひとつに、「ゆるスポーツ」というものもありますが、そこで掲げた「スポーツ弱者を、世界からなくす」という僕の言葉に「すごく嫌だ」と反応する人もいたり…。公共交通機関は「移動弱者」のアクセシビリティの確保を常日頃考えていますが、JR東日本に勤める知人の話では、「移動弱者」というワードそのものを嫌がる人もいるそうです。

 日本語の「マイノリティ」というワードにはいろいろなバイアスがかかっていて、「マイノリティ」=「差別的」と考える人もいます。しかし、世界的に見ると、「マイノリティ」は差別ワードではなく、ある種、「イシューレイジング」な言葉です。「イシューレイジング」とは、「言語化することで社会課題化する」というもので、たとえば、「LGBTQ」もそう。

「マイノリティ」について、誤解する人よりも理解する人が増え、アンタッチャブルに思う人よりも何かを変えたいという人が増えれば、この本を書いた意味があるし、もともと「マイノリティデザイン」という考え方は、僕個人の働き方や生き方のために作ったものですが、それが誰か一人の方の力にでもなるのだったら本にする意味があると思いました。

澤田 智洋 TOMOHIRO SAWADA

コピーライター/世界ゆるスポーツ協会代表理事
1981年生まれ。言葉とスポーツと福祉が専門。幼少期を、パリ、シカゴ、ロンドンで過ごした後、17歳で帰国。2004年、広告代理店に入社。映画「ダークナイト・ライジング」、高知県などのコピーを手掛ける。2015年にだれもが楽しめる新しいスポーツを開発する「世界ゆるスポーツ協会」を設立。これまで90以上の新しいスポーツを開発し、20万人以上が体験している。また、一般社団法人障害攻略課の理事として、ひとりを起点に服を開発する「041 FASHION」、ボディシェアリングロボット「NIN_NIN」など、福祉領域におけるビジネスを推進。著書に『ガチガチの世界をゆるめる』(百万年書房)、最新刊に『マイノリティデザイン』(ライツ社)がある。