ジェフ・ベゾス自身の言葉による初めての本『Invent & Wander』が刊行された。100万部ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』などで知られるウォルター・アイザックソンが序文を書き、翻訳も100万部超『FACTFULNESS』などの関美和氏が務める大型話題作だ。
アマゾンはサイトとしてだけでなく、キンドル、プライム・ビデオ、AWSなど、わずか20年少しの間に革命的なヒットサービスを次々と生み出し、世界のあり方を大きく変えた。そんなベゾスの考え方、行動原則とは? 自身もベンチャーキャピタル事業で活躍する関美和氏に、話題の『Invent & Wander』について詳しく聞いた(構成:イイダテツヤ、撮影:疋田千里)。
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なんでも「自分の手」でつくる
──『Invent & Wander』では、ベゾスの生い立ちや成長過程でのエピソードも語られています。翻訳していて印象に残ったことはありますか。
関美和(以下、関):本書を翻訳するまでは、ベゾスの個人的な背景をあまり詳しく知りませんでした。
お母さんが高校時代に彼を妊娠して、すごく若くしてベゾスを産んだことも、育ての親を「本当のお父さん」とベゾスが呼び、その人がキューバから来た人だったことなども知りませんでした。
ベゾスはその両親と同じくらい、おじいさんから大きな影響を受けていることも興味深い部分のひとつですね。
ベゾスのおじいさんは何でも自分でやってしまう人で、ブルドーザーが故障したら直してしまうし、家畜の世話はもちろん、病気になった家畜の手術も自分でやってしまう。手術用の針まで手作りするような人でした。
ベゾスは、アマゾンの創業時は自宅の小部屋を作業場にしていましたが、そこで使う机は自分で手作りしているんです。作業机を買ってくるのではなく、節約するために木製のドア板を買ってきて、DIY用の角材を使って机を自作してしまった。この有名なエピソードは、きっとおじいさんの影響でしょうね。
「賢いよりも優しいほうが難しい」
本書にはベゾスがプリンストン大学の卒業生たちに向けて語ったスピーチも収録されていますが、そのエピソードも非常に印象的でした。
少年のとき、おばあさんがタバコを吸っているのを見たベゾスが、禁煙の広告で見かけたデータを元に、「そのペースで吸ってきたなら、もう9年も寿命が縮んだね」と計算を自慢するように言ったところ、おばあさんが泣きだしてしまった、という話です。
そのとき、ベゾスはおじいさんに、叱られるのでもなく、
「ジェフ、賢いよりも優しいほうが難しいんだ。いつかおまえにもわかるときがくる」
と真剣に諭されたといいます。
そのおじいさんの言葉を踏まえて、ベゾスは「才能と選択は違う」という話を学生たちにしています。
頭のよさは持って生まれた才能で、優しさは選択。
才能は生まれついてのものだから発揮するのは簡単だけれど、選択である優しさを発揮するのは難しい。うっかりしていると才能におぼれてしまう。
そんなメッセージを発しています。
この「才能と選択」の話(『Invent & Wander』所収「あなたの選択があなたという人間をつくる」)も、とても興味深いものとして私のなかに残っています。
「コサイン」というたったの一言
学生時代に出会った「天才」についてのエピソードも印象的でした。
ベゾスはプリンストン大学に入ったときは理論物理学者を目指していて、実際に成績もよく、ほとんどの科目がAプラスだったそうです。
ただ、大学3年のとき、とても難しい偏微分方程式の問題にぶつかった。ルームメイトの友だちと何時間考えても解けない。それで、ヨサンタという友人の名前が浮かんだ。「プリンストンでいちばん頭がいい」と言われていた友人です。彼に聞いたらわかるんじゃないか。
それで、ヨサンタのところに問題を持っていくと、見るなりヨサンタはたった一言、「コサイン」と言ったというんですね。それが答えだと。
ベゾスたちが何時間も解けずにいた問題を、ヨサンタは一瞬で解いてしまった。
この出来事について、ベゾスは「それは私にとって人生が変わった瞬間だった」と語っています。
その天才の存在によって、自分は偉大な理論物理学者にはなれないと気づき、それから自分探しがはじまったと話しています。
大きなインパクトを生むには、何をすべきか?
ベゾスよりもその友人が理論物理学者としては優れているのはたしかなのだと思います。
でも、その出来事を受けて、こんなことを語っているところが私にはとても印象的でした。
ベゾスは「世界のトップ1割」に入ったくらいでは意味がないと考えているんですよね。アメリカでではなく、世界でです。
その基準の高さというか、視座の高さがとてもベゾスらしいと感じました。
──そういう思いが宇宙事業にもつながっているのでしょうか。
関:きっと、そうだろうなと思います。ベゾスは功利主義的な考え方をしていて、最大多数の最大幸福を実現するためには、自分は何をすべきかという視点からものを考えているんだと思います。
ベゾスは宇宙開発の目的について、こう語っています。
宇宙開発は地球の全員に影響を与えるわけですから、これほどインパクトの大きな活動はないですよね。
毀誉褒貶はありますが、本人の中では、「豊かにした人の数×豊かにした度合い」の総量をどう最大化していくかを一貫して追求しているのかなということを、本書を通じて実感しました。
【大好評連載】
第1回「まあまあ優秀な人」と「ズバ抜けて優秀な人」の根本的な違い
第2回「英語ができない」と嘆く人が知らない厳しい現実
第3回「会社にほしい人、そうでもない人」ベゾスが明かす1つの差
第4回「部下を無意識につぶしてしまう上司」のNG口癖
第5回 ベゾスの人生を変えた「異次元の天才」の衝撃の一言
第6回 伝説の「1997年のベゾスの手紙」の内容が不思議な訳
翻訳家。MPower Partners Fundゼネラル・パートナー。
慶應義塾大学文学部・法学部卒業。電通、スミス・バーニー勤務の後、ハーバード・ビジネス・スクールでMBA取得。モルガン・スタンレー投資銀行を経てクレイ・フィンレイ投資顧問東京支店長を務める。また、アジア女子大学(バングラデシュ)支援財団の理事も務めている。主な訳書に『誰が音楽をタダにした?』(ハヤカワ文庫NF)、『MAKERS 21世紀の産業革命が始まる』『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』(NHK出版)、『FACTFULNESS 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』(共訳、日経BP)など。最新訳書『Invent & Wander ジェフ・ベゾスCollected Writings』(ダイヤモンド社)が「朝日新聞」書評(1/22付)で絶賛されるなど、メディアで大きな話題になっている。