ジェフ・ベゾス自身の言葉による初めての本『Invent & Wander』が刊行された。100万部ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』などで知られるウォルター・アイザックソンが序文を書き、翻訳も100万部超『FACTFULNESS』などの関美和氏が務める大型話題作だ。
アマゾンはサイトとしてだけでなく、キンドル、プライム・ビデオ、AWSなど、わずか20年少しの間に革命的なヒットサービスを次々と生み出し、世界のあり方を大きく変えた。そんなベゾスの考え方、行動原則とは? 自身もベンチャーキャピタル事業で活躍する関美和氏に、話題の『Invent & Wander』について詳しく聞いた(構成:イイダテツヤ、撮影:疋田千里)。
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「メルカリ創業社長」を読者像として翻訳した
──『Invent & Wander』の翻訳者として、関さんはこの本をどんな人に読んでもらいたいと考えていますか。
関美和(以下、関):じつは私は翻訳するとき、いつも1人か2人の具体的な読者をイメージして、その人に向けて訳しているんです。
──それは興味深いですね。ちなみに今回は誰をイメージして翻訳されたんでしょうか。
関:メルカリ創業社長の山田進太郎さんです。
──へぇ~、そうなんですか。実際にお名前が出てくると、なんだか意外な気がしますね。ちなみに山田進太郎さんとはお知り合いなんですか?
関:いえ、まったく存じ上げません(笑)。
ですから、山田さんもいきなりお名前を出されてご迷惑かもしれないんですが、私はいつも、勝手に「この人に向けて翻訳しよう」と思っていて、今回はメルカリの山田進太郎さんをイメージしました。
──どうしてまた、メルカリの山田さんをイメージされたんですか。
関:B to C(消費者向け)のイーコマース(電子商取引)ビジネスを短期間でここまで大きく拡大されたメルカリを心から尊敬していて、ベゾスと山田さんを重ねて考えたからかもしれません。いまサービス開始から8年くらいで、規模拡大や海外展開の苦労とか、そうしたことを私の頭の中で勝手に想像して、こうした方が読んだときに違和感のないように訳せるといいな、面白いと思ってもらえると嬉しいなと思いながら訳しました。
ビジネスの現実を体感できる
メルカリはすでに巨大企業になっていますが、いま現在の売上が10億円とか20億円くらいのスタートアップの人たちにも、ぜひ読んでもらいたいと思っています。
──それはどういう理由からでしょうか。
関:本書の前半は、20数年間、ベゾスが株主に送り続けた手紙で構成されているんですが、その最初が1997年です。
アマゾンの軌跡を振り返ってみると、1996年の売上高は日本円に換算すると約17億円。創業2年目で17億円はたしかに大きな数字ではあるんですが、翌年の売上は161億円に跳ね上がります。
それ自体とんでもない数字ですが、さらに言うと、アマゾンの現在の売上高は40兆円を超えています。時価総額にすると約200兆円にものぼります。
売上高40兆円、時価総額200兆円は本当にすごい数字ですが、そう遠くない昔、アマゾンも売上高20億円程度の企業だったというのも、また事実なんです。
そう考えると、『Invent & Wander』に書かれていることは、売上高20億円弱のスタートアップが、20数年で40兆円を超える企業へ成長していくリアルな軌跡でもあるんです。
──たしかにそうですね。いま売上高が10億円とか20億円のスタートアップの起業家たちにとっては、もっとも生きた教材になるということですね。
関:本当にそうだと思います。いまのスタートアップが20年後はアマゾンのようになっているかもしれないんです。
未来がわかっているかのような手紙
ベゾスは毎年、その年その年の売上高や会社の状況を踏まえて株主へ手紙を書いてきました。
手紙を書いている時点では未来のことはわからないわけです。
でも、あらためて読んでみると、まるで未来を予見しているような、未来に起こることがすべてわかって書いているかのような、そんな不思議な気持ちにさせられます。
97年の手紙には次のような文章が並びます。
「今日、イーコマースはお客様のお金と大切な時間を節約しています。明日になれば、イーコマースは個人の好みに合わせて発見の過程そのものを速く、豊かにしてくれるでしょう」(『Invent & Wander』より)
「市場リーダーとしての地位が強まるほど、アマゾンの収益力もより強固なものになります。市場の一番手になることが、より高い売上と利益をもたらし、資本の回転を速め、投下資本に対する高いリターンを可能にするのです」(同上)
「イーコマース全般が非常に巨大な市場であることはいずれ証明されるはずです。そして、数多くの企業がここから大きな恩恵を受けるでしょう」(同上)
また、この最初の手紙から、ベゾスは「長期、長期、長期」と言い続けています。
「私たちは長期に目を向けているため、他社とは違う意思決定や価値判断を行う場合もあるでしょう」(同上)
「短期利益や目先のウォール街の反応よりも、長期的に市場のリーダーとしての地位を固めることを考えて、投資判断を行い続けます」(同上)
「もし決算報告の見栄えをよくするか、将来キャッシュフローの現在価値を最大化するかの二者択一を迫られたら、キャッシュフローを選びます」(同上)
以後、ベゾスはこの「1997年の手紙」のコピーを毎年の株主向けの手紙の最後に、必ず添付しています。
それは株主に、アマゾンが自分たちの価値観に見合った投資先であるかを知ってもらうと同時に、自分たち自身も「創業の目的と価値観に正直であり続けているかを考えるため」だと言います。
とくに最後の「現在の決算報告の見栄えより、将来キャッシュフローを優先する」とのメッセージは株主への手紙で何度も出てくる表現で、現在の利益を犠牲にしてでも、長期的な価値創造に投資する姿勢を徹底しています。
この「長期、長期、ひたすら長期」の視線こそ、アマゾンが成長したカギであり、ベゾスが創業当時から変わらずに言い続けていることです。
誰もが知る通り、アマゾンは創業から20数年の間に飛躍的に成長しました。
しかし、売上高17億円の企業が突然40兆円になったわけではありません。では、その年、その年においてベゾスは何を考え、どのように行動してきたのか。『Invent & Wander』は、そういったアマゾンの成長の軌跡を体感できる本です。スタートアップの起業家ももちろんですし、起業など考えていないという人が読んでも、経営的な視点とはいかなるものかということが端的に理解できると思います。
【大好評連載】
第1回「まあまあ優秀な人」と「ズバ抜けて優秀な人」の根本的な違い
第2回「英語ができない」と嘆く人が知らない厳しい現実
第3回「会社にほしい人、そうでもない人」ベゾスが明かす1つの差
第4回「部下を無意識につぶしてしまう上司」のNG口癖
第5回 ベゾスの人生を変えた「異次元の天才」の衝撃の一言
第6回 伝説の「1997年のベゾスの手紙」の内容が不思議な訳
翻訳家。MPower Partners Fundゼネラル・パートナー。
慶應義塾大学文学部・法学部卒業。電通、スミス・バーニー勤務の後、ハーバード・ビジネス・スクールでMBA取得。モルガン・スタンレー投資銀行を経てクレイ・フィンレイ投資顧問東京支店長を務める。また、アジア女子大学(バングラデシュ)支援財団の理事も務めている。主な訳書に『誰が音楽をタダにした?』(ハヤカワ文庫NF)、『MAKERS 21世紀の産業革命が始まる』『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』(NHK出版)、『FACTFULNESS 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』(共訳、日経BP)など。最新訳書『Invent & Wander ジェフ・ベゾスCollected Writings』(ダイヤモンド社)が「朝日新聞」書評(1/22付)で絶賛されるなど、メディアで大きな話題になっている。