ジェフ・ベゾス自身の言葉による初めての本『Invent & Wander』が刊行された。100万部ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』などで知られるウォルター・アイザックソンが序文を書き、翻訳も100万部超『FACTFULNESS』などの関美和氏が務める大型話題作だ。
アマゾンはサイトとしてだけでなく、キンドル、プライム・ビデオ、AWSなど、わずか20年少しの間に革命的なヒットサービスを次々と生み出し、世界のあり方を大きく変えた。そんなベゾスの考え方、行動原則とは? 自身もベンチャーキャピタル事業で活躍する関美和氏に、話題の『Invent & Wander』について詳しく聞いた(構成:イイダテツヤ、撮影:疋田千里)。
>>>前回記事「『会社にほしい人、そうでもない人』ベゾスが明かす1つの差」はコチラ
意思決定には「2種類」ある
──『Invent & Wander』では意思決定について、ジェフ・ベゾスの興味深い考え方がいろいろ紹介されていますね。ベゾスやアマゾンの意思決定について、関さんが印象に残っているのはどのような部分ですか。
関美和(以下、関):ベゾスは「意思決定には2種類ある」と言っています。
①一度決めたら、後戻りできず影響が深刻な意思決定。
②後戻りできる意思決定。
①に関してはゆっくりと慎重に決定を下さなければならない。
でも、ほとんどの決定はそんなふうでなくていい。たいていの決定は「後戻りできる」から。
だからこそ、意思決定を下す際には「後戻りできるか、できないか」をまず問う必要がある。そんなふうにベゾスは語っています。
ビジネスはスピードが命
──そうやって考えるだけでも意思決定のスピードも上がりそうですが、日本の組織はどうしても意思決定が遅いと言われます。どうしてそんな状況になってしまうのでしょうか?
関:私自身は日本の企業でほとんど働いたことがないのですが、日本の企業がどうというより、仕事に対するオーナーシップと組織構造の問題のような気がします。
たとえば、多くの創業社長は意思決定が早いような気がします。文字通りオーナーなので、成功しても失敗しても自分の責任だからリスクを取れるのではないでしょうか?
でも、オーナーシップがない場合、リスクを取るインセンティブがなく、素早い意思決定よりもコンセンサスが優先される。そういうことではないかなと感じます。
──関さんもベンチャーキャピタルのお仕事をされていて、さまざまな意思決定をする機会があると思いますが、意思決定の難しさを感じる場面はありますか。
関:それはもちろんあります。本書にからめて言うと、ベゾスは「ビジネスはスピードが命」「たいていの意思決定は欲しい情報の70%くらいしかない状態で下さなければならない」と言っています。投資の世界では70%どころか30%くらいで意思決定しなければならないことも多いです。
──そういうときは、どんな考え方で意思決定しているんですか。
関:誰だって失敗はしたくないですよね。もちろん失敗の内容にもよりますけど。でも「判断しないことのリスク」もすごく大きいんです。失敗するリスクはありますが、判断しないリスクのほうが大きいんじゃないかと私は思っています。
また、悲観的または批判的になることのリスクよりも、楽観的な未来を描けないリスクのほうが大きいのではないかと思っています。よくなっていく世界に参加するチャンスを逃さないような意思決定をしたいです。
「意見の不一致」を認めて前に進む
──組織の意思決定についてベゾスは、「反対してもコミットする」という原則も語っています。これについて関さんはどのように捉えていますか。
関:出てきた案に対して個人的には異論があって反対しても、ひとたび決定がなされたなら、しっかりと協力するという話ですね。これはとても大事なことだと私も思います。
どんな組織でも、全員が同じ意見ということはほとんどないですよね。私たちの会社のミーティングでも、それぞれが違う意見を持っていることはしょっちゅうです。
でも、自分と違う意見だったとしても、たとえば「投資する」と決まったのであれば、あとは全力で取り組みます。
意見が対立した際、英語ではよく「Agree to Disagree(意見が不一致であることを認める)」と表明して、議論を先に進めることがよくあるのですが、人によってものの見方は違うし、考え方も違うので、反対意見が出るのは当たり前です。
自分の案が通らなくても、意見の違いを認め、決まったら全力でサポートする。自分は反対の意見だったからといって、失敗したときに「そら見たことか」と言うのはリーダーとして最悪です。
ベゾスはアマゾンにおいて自分の意見とは異なる決定が下りることはしょっちゅうだったと語っています。そんなときは次のように話したそうです。
「そら見たことか」が部下をつぶす
──「反対してもコミットする」には「あとになって『そら見たことか』と言わない」が非常に大事になってきますね。
関:そう思います。「だから言ったじゃないか」みたいなことを上司が言うと、次から部下は、その上司の言う通りにしてしまいます。
どんな意思決定だって失敗することはあります。そのときに「そら見たことか」「だから、反対したでしょ」なんて言われたら、以後、部下はリスクをおかしてまで機会を探ることをやめ、積極的に意思決定しようと思わなくなってしまいます。
──みんなが意見を言い合うけれど、一度決まったら「反対してもコミットする」。そして「あとになって『そら見たことか』と言わない」。さまざまな組織で活用できればいいと思うのですが、どうも日本の組織ではそういった議論自体が成り立っていかない雰囲気を感じます。そのあたり関さんはどのように感じますか?
関:集団の中で、誰かの意見に反対すると、その人の人格を否定しているように思われてしまいがちです。また、自分の意見が否定されると、自分という人間が否定されているように感じる人も多いと思います。それは学校教育のなかで、意見を人格と切り離す訓練が少ないからかもしれません。
学校の現場で、先生に対して「それには反対です」って誰も言いませんよね。
──たしかに、そうですね。
関:ですが、欧米の学校では他者の意見に対して「反対です」と言うことがむしろプラスに受け入れられる。もちろん、そう言いにくい場面がないわけではないですが、人格を否定しているとは取られないよう、また反対されたり批判されても個人的に受けとめないように、経験を通してある程度の訓練がなされていくように思います。
──そういう訓練がされていないから「反対」を表面することがなかなかできないんですね。日本の組織では「反対してもコミットする」どころか、「反対もせず、コミットもしない」なんてことが普通に起こっているように感じます。
関:たしかに、「あのとき賛成だったんですよね?」という相手が全然協力してくれない。そんなパターンもありそうです。ベゾスの言う「反対してもコミットする」の真逆ですが、実際にはいろんなところで起こっているのかもしれません。
ただし、日本企業はとか、日本の組織はとか、ひとくくりにするとまた間違ってしまうような気もします。実際、私がお会いするスタートアップの皆さんは「Agree to Disagree」を実践していらっしゃる方も少なくないと感じます。
【大好評連載】
第1回「まあまあ優秀な人」と「ズバ抜けて優秀な人」の根本的な違い
第2回「英語ができない」と嘆く人が知らない厳しい現実
第3回「会社にほしい人、そうでもない人」ベゾスが明かす1つの差
第4回「部下を無意識につぶしてしまう上司」のNG口癖
第5回 ベゾスの人生を変えた「異次元の天才」の衝撃の一言
第6回 伝説の「1997年のベゾスの手紙」の内容が不思議な訳
翻訳家。MPower Partners Fundゼネラル・パートナー
慶應義塾大学文学部・法学部卒業。電通、スミス・バーニー勤務の後、ハーバード・ビジネス・スクールでMBA取得。モルガン・スタンレー投資銀行を経てクレイ・フィンレイ投資顧問東京支店長を務める。また、アジア女子大学(バングラデシュ)支援財団の理事も務めている。主な訳書に『誰が音楽をタダにした?』(ハヤカワ文庫NF)、『MAKERS 21世紀の産業革命が始まる』『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』(NHK出版)、『FACTFULNESS 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』(共訳、日経BP)など。最新訳書『Invent & Wander ジェフ・ベゾスCollected Writings』(ダイヤモンド社)が「朝日新聞」書評(1/22付)で絶賛されるなど、メディアで大きな話題になっている。