あるモデルさんの教え
けれど、あるときのことだ。
私は、ひょんなことから有名事務所のモデルさんと知り合った。仕事で、彼女が女子大生に美容やファッションについて教えるという女子力向上イベントを開催することになったのだ。
背が高く、すらっとして、はっきりとした顔だ。いかにも「モデル」といった雰囲気で、ノースリーブがよく似合う。
キラキラして、キラキラしすぎていて、彼女の話を聞いていたうちの一人はなんと、泣き出してしまったくらいだった。
「なんかもう、やばい。綺麗すぎて、涙出てきた。直視できない」
その子が泣く気持ちもわかるような気がした。
圧倒的な美の前に立たされたとき、自分とのあまりの差に、愕然としてしまうのだ。
ああ、この人は特別だ、と思う。
そして、彼女は一直線にきりっと並んだ真っ白な歯を綺麗に出して笑って、こう言った。
「モデルっていうのは、自分の強みはどこか、どこを差別化できるかを考えなくちゃいけない仕事なの。人と比べて自分は脚が長いとか、デコルテが綺麗とか、そういうことを全部観察して考える。そして、自分だけのキャラクターを、見つけるの」
「キャラクター?」
気になって思わず、聞いてしまう。
「そう。自分だけのキャラクターは何か、って考えて、服を決めたり、メイクを選んだり。色々試行錯誤していくなかで、自分に一番似合うものが見つかるの」
そうか、と女子はみんなうなずく。
「たとえば、自分の好きな人のタイプと、自分のタイプが全然違ったら、どうしますか?」
一人の女の子が、私が考えていたことと全く同じことを聞いていた。
「全く違ったら、か。でもさ、たとえば、好きな男の子のタイプが石原さとみちゃんだったとするでしょ?」
石原さとみ、の言葉に、少しドキッとする。
「でもさ、よく考えてみて。『石原さとみが好き』って言っててもさ、もし北川景子ちゃんか、藤田ニコルちゃんから付き合って、って言われたら、付き合うよね? 全然タイプ違うけど、二人とも自分のスタイル持ってるし、かわいいよね。そんな子に言われたら付き合うでしょ?」
ハッとした。
私と同じように、女子たちが何かに気づいたような顔をしているのが横目でわかる。
「だから、そういうの、気にしなくていいと思う。自分が思ってるほど、タイプなんて関係ないよ。それよりも、自分に似合ってるなって自信が持てて、笑顔でいられるスタイルでいれば、そのときが一番、女の子はキラキラしてるはずだから」
なんでだ。
胸を張って言う、彼女の言葉に、なぜだか私まで泣きそうになってしまった。
そしてそう思っているのは、私だけではないようだった。
私の周りにいる女の子たちも、同じように、どこか惚けたように彼女を見つめていた。
私、いつになったら石原さとみになれるんだろう。
私、あとどれだけ頑張れば石原さとみみたいになれるんだろう。
どこをどう直せば、石原さとみくらい、キラキラ、できるんだろう。
ずっと抱いてきた、下らないようで、純粋な願望。
私たち女子は、口々に、何かあるとこう言ってしまう。
「あー、石原さとみになりた~い」
「それな! 本当それ」
新しい自分になりたい。
キラキラしたい。
自信を持ちたい。
幸せになりたい。
仕事できるようになりたい。
女子なら誰でも抱くような、そんな願望をない混ぜにして、口からポッとつい出てしまう言葉。
それが「石原さとみになりたい」なのだ、きっと。
自分を研究し尽くして、自分に一番似合うスタイルを見つけて、演技も磨いて、痩せて、太い眉毛も整えて、色気もあって、かわいくて……。
あんなに大変身をとげた石原さとみが、努力をしていないわけがない。
そういう「努力できる人間性」もひっくるめて全部、石原さとみになりたいと思ってしまうのだ。
そんな、私たちの、意地汚いような、ずるいような、女子特有の感情をわかっていて、許してくれたような気がしたからなのかはわからないけれど。
あのモデルさんが言った言葉が、あれほど刺さったのだと思う。だから、泣きそうになってしまったのだと思う。
私は石原さとみになりたい。
でも、石原さとみにはなれない。石原さとみの真似メイクをしたところで近づけるわけじゃないし、あの、男みんなを落とすようなかわいらしい表情もできない。
けれど、自分らしいスタイルなら、見つけられるんじゃないかと、思えるようになった。
私のどこが魅力か? どんな服を着ればかわいく見えるか?
どんなメイクをすれば、どんな髪型にすれば、どんな表情をすれば、どんな仕草をすれば。
自分が女らしく、かわいくなるためにどうすればいいかを考えるのはちょっと気恥ずかしいけれど。
「石原さとみになりたい」なんて言っているだけで努力を何もしない怠惰な自分をやめて、女として成長するために、いい女の仲間入りをするために。
そろそろ、思いっきり、そういう努力をする覚悟をしてみても、いいんじゃないかと思うのだ。
1992年、東京都生まれ。早稲田大学国際教養学部卒。
2014年からWEB天狼院書店で書き始めたブログ「川代ノート」が人気を得る。
「福岡天狼院」店長時代にレシピを考案したカフェメニュー「元彼が好きだったバターチキンカレー」がヒットし、天狼院書店の看板メニューに。
メニュー告知用に書いた記事がバズを起こし、2021年2月、テレビ朝日系『激レアさんを連れてきた。』に取り上げられた。
現在はフリーランスライターとしても活動中。
『私の居場所が見つからない。』(ダイヤモンド社)がデビュー作。