プーチン大統領に響かなかった「オリンピック休戦」

 北京冬季五輪を「外交的ボイコット」をした国がある一方で、30カ国以上の国の政府が高官を派遣している。

 中でもロシアのプーチン大統領の登場は特筆に値する。習近平国家主席の招きで北京冬季五輪の開会式に臨席した。ロシアは国がらみのドーピングの制裁をIOCから受けており、ロシア代表として国際大会に今年いっぱい出られず、政府要人の国際大会への出席も禁じられている。にもかかわらず、わざわざやってきたのは、なぜか?

 報道では米国などによる「外交的ボイコット」への反対意思表示に参加したとなっているが、習近平主席がウクライナへの侵攻を防ぐべく招いたとみるべきである。ロシアには2008年の北京五輪の開会式の日にジョージア(旧グルジア)に侵攻した前科がある。

 昨年12月国連第76次総会では193加盟国が北京オリンピック・パラリンピックのためのオリンピック休戦を採択した。

 これにより北京五輪開催前7日間から北京パラリンピック閉会後7日間は戦争を休止するべく監視される。

 オリンピック休戦の採択は第7代IOC会長サマランチの提案で1993年に実現した。当時、バルカン半島での紛争が続いており、1984年冬季五輪開催地のサラエボが壊滅的な被害を受けていた。翌年1994年のリレハンメル冬季五輪の開催期間、たった1日であったが休戦が実現した。以降、五輪開催年の1年前にオリンピック休戦が採択されることになった。

 そもそも近代でのオリンピック復興は古代ギリシャで行われていたオリンピア祭の復興であり、4年に一度、武器を捨てて競技会に集まるという、いわば休戦思想の表現であった。オリンピックが4年に1度開催される意義の最も根本的なところである。

 北京冬季五輪開催期間中にこの休戦を実現させることはバッハ会長にとって最も大事なことであり、習近平主席にとっても同様であった。IOCの制裁によって本来五輪に参入できないプーチン大統領は「国家元首が招待すれば制裁も例外となる」、いわば特赦でオリンピック共同体のクローズドループに参入できた。

 習近平主席から少なくとも開催期間中はウクライナとの戦争は起こさないように約束させられたはずである。

 プーチン大統領は「見事に!」この約束を果たした。2022年2月21日、ウクライナの東部2州のうち、親ロシア派が事実上支配している地域を、独立国家として一方的に承認する大統領令に署名した。皮肉にもオリンピック開催期間の休戦だけは守った。

 閉会式で最後に打ち上げられた花火は「天下一家」(ONE FAMILY)を描いた。スポーツを通してすべてを超えて家族になる。オリンピック理念を描いたメッセージは世界の政治指導者にも届くであろうか?バッハ会長は、閉会演説で「この大会で選手たちが見せた団結と平和に世界の政治指導者たちが心を動かせてほしい」と訴えた。

 しかし、少なくともプーチン大統領には響かなかった。