企業の人事戦略に一本の軸を通す「辞め方改革」

 専用システムの準備やアルムナイへの働きかけをどんなに行っても、自分が辞めた会社に対して“ネガティブなイメージ”を持っている人は、当然、アルムナイコミュニティには参加しない。結局、それぞれの社員の“辞め方”によるのだ。鈴木さんが提唱している「辞め方改革」について聞いた。

鈴木 行動経済学者でノーベル賞受賞者のダニエル・カーネマン氏が提唱している「ピーク・エンドの法則」が参考になります。ある事柄について、人の記憶や印象に残るのは、感情が高ぶったピークの出来事と、終わりごろの出来事が中心で、その他のことはあまり影響しないという説です。

 私の知り合いに、働きやすくて好きだった会社から、スキルアップのために同じ業界の小さい会社へ転職することにした人がいました。その人は、新しい会社で顧客を増やし、辞める会社にも紹介したいと考えていたのですが、上司に転職の話をしたところ、採用時や研修のコストを見せられ、「君にはこれまでにこれほどのコストがかかっている」と言われたり、名刺管理アプリを使っていたことを理由に「名刺は会社の資産だから情報漏洩で訴える」と威圧され、鬱病になってしまいました。退職するという意思表示をした人にこのような対応をしても、誰も幸せになりません。

 もちろん、退職時にだけ対応を良くすればよいということでもありません。辞め方はすごく大切ですが、退職するとなった途端に「これから仲良くしよう」とすればよい、というのも全くの間違いです。求職者が入りたい会社も、入社後に社員が働き続けたい会社も、辞めてからもつながっていたい会社も、本来全て同じであるべきなのです。人事の取り組みは点のままで、つながった線になっていないことがあります。たとえば、採用の場面では採用の成果だけを求めた結果、実態よりも自社をよく見せようとし、新入社員が入社後にギャップを感じて、短期間で辞めてしまうケースもあります。

「辞め方改革」とは、実は、「採用改革」「働き方改革」「コミュニケーション改革」でもあり、人事戦略に一本の軸を通すきっかけになるのではないかと、私は考えています。個人側の「辞め方」や企業側の「辞められ方」だけをよくしようという話ではなく、採用時から良い辞め方を意識して関係を築こう、ということなのです。

 企業の方法次第では、多くのメリットがあるアルムナイだが、留意すべきデメリットはないのだろうか。

鈴木 懸念されるデメリットのひとつは、アルムナイが再入社したときの社員の不満があげられます。退職したアルムナイを再雇用すること自体への不満や、待遇に関する不満があがる懸念を耳にすることがあります。従来の日本の企業、特にメーカーなどでは、再入社のときは年次や元の職能等級に当てはめるケースが多かったと思います。そうすれば、退職せずに残っていた社員とのハレーションは起きません。しかし、企業が再入社を求めるようなアルムナイは、外部で経験を積み、スキルアップしたような人材が多いです。そのため、年次や元の職能等級に関係なく、通常の中途採用と同じように評価をして採用する企業が増えつつあります。再入社する人にとってはプレッシャーでもありますが、成果を出せば他の社員も納得しますし、再入社する方はそれくらいの覚悟を持っています。企業から見れば、そういった覚悟も再雇用の良い点のひとつですね。