記事では、李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵(パク・クネ)時代の南北関係は最悪であり、「同族対決政策がもたらしたものは情勢を戦争局面に追い込んだだけ」と強調したが、尹錫悦氏の名前に直接言及することはなかった。

 しかし、同誌は別の記事で、尹錫悦氏と安哲秀(アン・チョルス)氏の候補一本化が「卑劣な野合」であり「くだらない詐欺行為」と非難したりもした。

 北朝鮮は、北朝鮮に融和的な姿勢の文在寅政権が提案する「終戦宣言」に否定的な反応を見せる一方、今年に入って9回のミサイル発射を行っている。しかも、発射されたミサイルは極超音速ミサイル、鉄道の列車から発射するミサイル、中距離弾道ミサイルをロフテッド軌道(射程は短いが高高度に発射することで飛行時間は長く、迎撃が困難)で発射したミサイルである。

 最後の2回のミサイルは、偵察衛星目的といいつつICBMの準備ではないかと見られている。さらに核実験場を修復しているとの情報もある。この時期に、米国が反対してきた核とICBMの発射実験再開に踏み切ろうとするのは、米国がロシアのウクライナ侵攻に忙殺されている間に実績を積み上げておこうとするものではないか。

 北朝鮮は、ミサイル発射による挑発行動が韓国大統領選挙において、与党候補の李在明(イ・ジェミョン)氏に不利に働くことを承知の上で行ったものだと考えられる。それは今後、核実験、ICBM発射のモラトリアムを放棄することを既定路線としているからであろう。

 そして「国民の力政権が今後、北朝鮮に対して強硬姿勢を取るならば、北朝鮮は一層対決姿勢を取るが、それは次期政権の責めに帰すべき問題である」と言いたいのだろう。

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 北朝鮮に対する融和姿勢は危機を遅らせるのには役立つが、それは後に、より大きな危機となって跳ね返ってくるだけである。北朝鮮に対しては、強力な経済制裁を行っているものの、これまで大きな成果を上げたとは言い難い。

 コロナ感染症の影響で中朝貿易がほとんど途絶えた状況でも北朝鮮はミサイル発射を続けてきた。その間、中国やロシアから最新の技術を導入した形跡もある。北朝鮮を変えるためには中国とロシアの保護を取り除く以外ない。ロシアのウクライナ侵攻がどのような影響を及ぼすか、朝鮮半島との関連でも目が離せない。

 なお、文在寅政権の対外関係がいかに偏向したものか、そのツケがどれほど次期政権に及ぶのかは拙書『さまよえる韓国人』を参照願いたい。

(元駐韓国特命全権大使 武藤正敏)