本書の基本的な考え方は、以下のようなものである。

「経済主体の合理性の限界、人々のあいだでの情報の分配の非対称性、市場の不完全性などのゆえに、時空を超えて普遍的な規範的価値を持った経済システムなどというものは本来ありえない」(『経済システムの進化と多元性―比較制度分析序説』(青木昌彦、講談社学術文庫、以下引用はすべて同書)

 人も企業も完全に合理的な意思決定はできない。また、人々の間には情報格差がある。さらには現在の市場は、欲しいものを欲しい人が適正な価格で得られるような完璧に合理的な売買ができるように動いてはいない。だから、いつ誰にとっても合理的で完璧な経済システムというのはあり得ない、と言っている。

炙り出された
企業の生産性を左右する要素

 青木はその前提に立って、企業組織が実際にどのように運営されているかを分析した。その結果、企業の生産性は、企業の業務や生産に携わる人々が持つ情報の量や質と、その情報を基にした決定の権限や義務の組織的配置に依存しているということを明らかにした。

 企業で働く人の情報量と質がどんなものであるかということと、それを基に誰が何を決められるかによって生産性が変わるというのである。そして組織の基本型は、ある職場や組織のシステム全体の活動のコストや売り上げに影響を与えるシステム環境パラメータと、それぞれの職場の活動のコストや売り上げに個別に影響を与える個別環境パラメータの2つの視点で分けることができると考えた。

「企業組織のコーディネーションには五つの基本型(※)がありうることを示す。それらは、古典的・機能分権的・水平的ヒエラルキーと情報同化型、情報異化型である。(中略)そしてもっとも重要なことは、これらのタイプのどれが最も(情報)効率的であるかは、組織環境の活動のあいだの技術的・確率的関連性、社会に存在する個人の情報処理能力(技能)のタイプと水準の分布などに依存するのである」

※2003年の青木の『比較制度分析に向けて』では、その後の研究では3つの基本型に収斂している。ヒエラルキー分割、情報同化、情報カプセル化である。

 2つのパラメータを使って、5つの基本型が導き出される論理展開は大変興味深い。たとえば、アメリカの典型的な産業である石油化学工業と日本の典型的な産業である自動車産業における企業の意思決定では、最終製品の販売や個別の部品に関する直近の情報がどれだけ生かされる仕組みになっているか(システム環境パラメータ)、現場にどれだけ裁量があり、全体の状況から独立してどれだけ自由に意思決定できるか(個別環境パラメータ)の、2つ観点による違いが明確にされる。

 ある事業で、どのような組織運営がふさわしいか(どのような情報をどのように生かすしくみにするか、ある事柄についての意思決定がどのように決まるのか――現場の裁量で行われるのか、中央で統一的に決めるのか)は、産業構造によって決まるということが証明されていく。

「日本型経済システム」の成立条件が、完全なる終焉を迎えつつある根拠