なぜそうなるのか。それは経済主体(人や組織)が市場の支配的な組織の型に合わせて、自己の投資戦略を決めるからである。たとえば日本にいれば、日本に多いタイプの組織で必要な能力を身に着けておいたほうが出世するし賃金も上がるから、その技能を身に付けようとするということである。

「各経済主体は、企業組織に参加する前に(すなわち企業を興すか、雇用される以前に)、情報処理能力の形成の方向性に関して選択を行わねばならない。ひらたくいえば、教育、技能訓練などによって、一定の方向性を持った技能への投資を行わねばならない。たとえば、どのような組織においても通用するような特殊機能の技能(機能的技量)に投資するか、あるいは特定の企業組織参加後にその文脈で有用な技能(文脈的技能)に磨きをかけるという展望を持って、まずは一般的な問題処理能力や組織的コミュニケーションの能力(可塑的技能)に投資しておくか、の二つの選択肢がありえよう」

機能的技量と可塑的技量では
どちらの投資リターンが高いか

 機能的技量の投資のほうがリターンを得られる可能性が高い地域では機能的技量が、可塑的技量への投資のほうが高いリターンが得られる可能性が高い地域では可塑的技量を高める選択することが、合理的な戦略になるのだ。おおざっぱにいえば、特殊機能の技能(機能的技量)とは、日本の会社における専門職で必要な技能、文脈的技能、可塑的技能は、総合職で必要な能力と考えておけばいいだろう。

 学生時代に特殊機能的な技能を習得し、そうした仕事を得てその領域で生きていくことが前提とされている社会では、戦略的に特殊機能的な技能への投資が行われるが、入社した後に何をするか、どのようなキャリアを歩むのかなどが予測できない場合は、一般的な問題処理能力やコミュニケーション能力といった文脈的技能、可塑的技能への投資を人は選択するのである。

 専門的なスキルを磨いたほうが就職しやすく、その後の収入も保証されているなら、人は学生時代にそのような勉強をするし、新卒で有名企業に総合職で入れば一生安泰という二昔くらい前の日本であれば、新卒を一括採用する大手有名企業の内定を取るため(入試の学力試験が問題処理能力には直結しないとはいえ)5教科を勉強し、より偏差値の高い大学に入り、アルバイトやサークル活動で「コミュ力」を磨こうとするのである。

 個々の経済主体(個人)の間で、文脈的技能の獲得が支配的になれば、本来は機能的技能を優先すべき石油化学産業にあっても、文脈的技能を重視する組織運営が支配的になってしまう(これは進化ゲームという分析によって明らかになる)。